「役割」ということ。

2014年12月23日

【共有レポート】実はお坊さん抜きのほうが仏教談義に花が咲く!? 対話の集い「ほんとうのこと。」インタビュー 仏教なう | 彼岸寺

http://www.higan.net/news/2014/12/temple0.html

 

 

 

 

 

掲載していただきました。

 

私、小出遥子のインタビュー記事です。私「が」インタビューされています。

 

 

 

「小出なにやってんだ!?」との声が方々から聴こえてきそうですが、まあ、こういうことやってました……というかやっています。現在進行形です。

 

彼岸寺に私の記事を載せていただくことは2014年の野望のひとつではありました。(手帳にもばっちり書いてありました。)それがこの年の瀬になって叶ったのです。が。それがまさか私自身のインタビュー記事だとは。こんな展開、誰が予測できたであろうか。

 

びっくり。

 

 

 

いや、びっくりもなにも、ほんと、今回のこのイベント(というかワークショップ?)の企画に関しては、もうほんとうに、「そうなっていた」「だからやらせていただいている」という感じで、そこに私自身の意思や感情なんて、ほんとうはこれっぽっちも介入できなかったんじゃないか、というぐらい、必然に次ぐ必然の中で立ち上がっていったもの、という気がしているんですね。

 

もちろん、私自身、とても楽しく、わくわくとした気分でやらせていただいているのですが。

 

 

 

 

 

「役割」ということを、ずっとずっと考えていました。

 

この時代に、この地球に、この日本に、このこころとからだとあたまをもった「小出遥子」という人間として生まれてきたことに、そして「小出遥子」として30年間生きてさまざまな経験を積んできたことに、果たして、どんな意味があるのだろう、と。そこから導き出される私個人の果たすべき役割ってなんだろう、と。

 

 

 

でも、「役割」などというものは、考えるまでもなく、ただそこにあるものなのかもしれない。

 

ただ、そこに気づくかどうかだけなのかもしれない。

 

 

 

最近、そんなことを強く強く感じています。

 

 

 

 

 

 

もしよろしければ、彼岸寺の記事、お読みになってください。

 

来年の1月にも同じお寺で同様のイベントを開催する予定なので、ご縁がありましたら、ぜひ。