「ゆるめる」というレッスン

2014年12月26日

ここ数年、私の人生には、「ゆるめる」という方向のレッスンがやってきている気がします。

 

 

 

「これしなきゃ!」「あれしなきゃ!」「こうするべき!」「ああするべき!」ってね、がしがしがしがしずっとずっとやってきたのですが、「こうあるべき!」「あああるべき!」って、すべてを自分のちっぽけな頭の中に入れようとして、ぜんぶを自分でコントロールしようとして、ちょっとでもそこからはみ出すようなことがあるとパニックになって。肩には力入りまくり、眉間にしわ寄りまくり。「ゆるめる」? なにそれおいしいの???

 

そういう生き方が「正解」だとは思ってはいなかったけれど、他の生き方を知らなかったし、みんなもそうやって生きているんだから……と自分を納得させようとしていました。

 

が。

 

もう、それじゃ立ち行かないのですね。

 

ぜんぜん立ち行かない。

 

 

 

そのことに思い至って早数年、徹底的な生活改善、ゆるやかな体質改善、大規模な視点の転換、生き方の軸を自分自身の内側に見出していく……などなどのおかげで、私も、だいぶ、ゆるんだ女になりました。

 

いや、「ゆるんだ女」ってなんかアレですが、あはは、まあいいや。笑

 

それで、ほんとうに、だいぶ楽になりました。生きることが。

 

 

 

ぜんぶを自分でやろうとしなくていいって、楽です。

 

実際、自分でできることなんか、ほんのわずかなことで。

 

それだって「自分がやっている」って思い込んでいるに過ぎないのかもしれなくて。

 

 

 

でもね~。前よりはだいぶなりをひそめたとは言え、「コントロールしたがる自分」っていうのも、まだまだ御健在で。

 

どうしたもんかねえ……とため息をついてみたりもするけれど、まあ、気づいているだけマシかなあ、とも思います。

 

気づいたら、その瞬間に、「ゆるめる」ことを選べるのだから。

 

 

 

「流れ」はすでに用意されていて、人間にできることは、できるだけ力を抜いて、ゆったりとした気分でいることだけなのかもしれません。

 

水に浮かぶときは全身の力を抜いて。

 

「怖い!」と思って力を入れると、途端に身体は沈んでいきます。

 

力を抜くことさえできれば、気持ちよく流れに乗って「運ばれて」いくのでしょう。

 

 

 

気づいて、ゆるめて、運ばれて……。

 

その繰り返しの中でしか見えない景色というのもあるのでしょう。

 

 

 

せいぜい楽しんでやろうじゃないか。