「おまかせします!」と願望実現

2014年12月29日

今年の元旦に、私は「2014年に叶えたいこと」として、10個ほどの目標を手帳に書きました。先日、それを見返してみたら……なんと、ほとんどすべて、叶っているではないですか。

 

仕事のことでも、社会的なことでも、私生活のことでも、だいたいぜんぶ叶っていた。

 

数字的なところなど、細かい部分を見ていけば、「完全に希望通り!」というわけにはいかなかったけれど、でも大筋ではばっちり叶っていました。

 

お見事!!!

 

私の2014年、大成功と言っていいと思います! やったー!!!

 

 

 

いや……これ、なにも自慢したくてこういうことを書いているんじゃなくて、もしかしたら、あまりにも当たり前な話なのかもしれないな、と思うのですよね。

 

「願うから叶うんじゃない、叶うから願うんだ」みたいな世界こそが、ふつうなのかもしれない。

 

こころとからだが整って(そしてそれはたぶん同時。心身一如だから)、自分という存在と「大いなるもの」(神仏、自然、愛、いのち……呼び方はなんでも良いです)との間のパイプに詰まりがなくなっていったら、こういうことがごくごく自然に起きてくるのでしょう。

 

自分が願うのではなく、「大いなるもの」に願わされて、そうなるように運ばれていくというか……。

 

うまく言えませんが……。

 

 

 

こんなこと書いといてアレですが、でも、私自身、個別具体的な願望、というのが、以前に比べてぐっと減ったような気がします。

 

これね、たぶん、「おまかせします!」が前よりは上手にできるようになったこととつながっていて。

 

ここ最近ずっと書いていますが、私もようやく、「力を抜く」ことを覚えはじめたというか。

 

力を抜いて運ばれていった先に見えるのは、びっくりするほどうつくしい世界なのだということを、もはや理屈でなく見せつけられるようなことが、あまりにも続いて、それで力を抜かざるを得なくなったというか。

 

まあ、もちろん、まだまだガチガチなんですけど、でも、「ゆるめる」という方向に自分を向けることの心地よさを知れたことは、私にとって、かなり大きなことでした。

 

 

 

「大いなるもの」と一体となった自分でいれば、すべての流れを信頼できる。

 

自分のちっぽけな脳みそで考えたこととは比べものにならないほどのすばらしい展開が、その先に待っていることを、いつだって感じていられる。

 

個別具体的な「こうなればいい」「ああなればいい」「こうするべき」「ああするべき」で心身をパツンパツンにしていたら、いいことだって入ってこられないですよね。

 

スペースを作っておかないとね。

 

 

 

私は今年、自分の人生の、一番の希望というものに気づくことができました。

 

「持って生まれた役割を、世界に対して、しっかりと果たしていける自分でありたいです。」

 

 

 

これさえ叶えられるなら、あとは結構どうだっていいというか。投げやりな意味じゃなくてね。

 

この「どうだっていい」という部分に、この「すきま」の部分に、ありとあらゆる素敵なことが入りこんできた。そんな一年だったかな、2014年は。

 

私がこの心境でいる限り、今年に限らず、ずっとずっとこういったことは続いていくのでしょう。

 

ありがたいことです。

 

 

 

私は、私を、整えつづけなければ。

 

ゆるんで、ゆるんで、でも締めるところはびしっと締めて。

 

 

 

 

 

そんなことを思う年末です。