「背筋が伸びているから自信を持って生きていけるのだ」

2015年1月3日

最近しみじみと思うのが、「姿勢ってホント大事ね~~~」ってこと。

 

これ、毎朝瞑想をしていても感じます。

 

瞑想って、静かな環境に身を置くことだったり、深い呼吸をすることだったり、そういうことももちろん大事なのですが、もしかしたら、姿勢って、それら以上に重要なファクターなのかも……なんて思っています。

 

毎回、瞑想を開始するまえに、前後左右にからだを揺らして、一番背筋が自然な感じに伸びるポイントを探っていくのですが、これね、何気ないことに見えて、やるとやらないのとではぜんぜん一回ごとの瞑想体験が違ってくるのです。

 

ちょっとびっくりしてしまうぐらい……!

 

あるお坊さんが、ご著書の中で、「座禅は“する”ものではない。正しい姿勢をとれば自然に“起こってくる”ものなのだ」といったようなことをおっしゃっていましたが、(現在帰省中でして、手元にその本がないので、正確に引用できなくて申し訳ないのですが……)そのことが、ようやく腑に落ちた感じがします。

 

背筋の伸び具合、腰の入り具合、下腹部にかかるテンション……

 

それらがもっともしっくりと来るようなポイントに自分を持っていけたら、もう、瞑想の8割は成功しているような……

 

あとはごくごく自然に「起こってくる」ものを見届けるだけで良くなるような……

 

なんかね、そのぐらい、どうやら姿勢って大事なものみたいです。

 

姿勢、あなどれないです。

 

 

 

瞑想中に限らず、日常におけるどんな場面においても、姿勢ってものすごく重要です。

 

どちらかといえば不快な感情を抱いているとき、人間の背筋はたいていぐんにゃりと曲がっています。

 

前屈みになっていたり、左右どちらかに極端に傾いていたり……

 

簡単に言えば、「不自然」なことになっているのですね。

 

自らを省みてもそう。

 

感情と姿勢はばっちりリンクしています。

 

 

 

これを逆手にとれば、「あるべき姿勢」=「からだが自然に求める姿勢」をとってさえいれば、不快な感情とは無縁でいられる、ということですね。

 

「楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ」という世界。

 

「自信があるから背筋が伸びるのではない、背筋が伸びているから自信を持って生きていけるのだ」という世界。

 

なんてシンプル!!!

 

ちょっと簡単すぎるような気もするけれど、難しくしているのは、簡単なものを簡単なものとして受け取れない、私たちの頑固な頭の方だったりして。

 

思い込みを外すことさえできれば、世界はものすご~~~くシンプルで、やさしい場所なのかもしれない。

 

っていうか、きっとそう。

 

 

 

「あるべき姿」っていうのは、本来、からだがぜんぶ知っていて、そこから外れるようなことさえしなければ、私たちはいつだって心地よく、よろこびにあふれて、それこそ、なにはなくともしあわせ……という状態で生きていけるものなのかもしれません。

 

まあ、「自然に生きる」っていうこと自体が、私たち現代人にとっては難しいことだったりするのですけれどね。

 

でも、「難しい」っていうのも勝手な思い込みにすぎないのですよね、というお話で。

 

 

 

思い込みを解除するのに、「自分が自然に心地よくいられる姿勢をとる」っていうのは、割とわかりやすいスイッチかもしれませんね。

 

背筋を伸ばすのなんて、1秒もかからないものね。

 

姿勢というものを意識する。それだけでかなり生きやすくなる人も多いんじゃないかなあ。

 

 

 

私も、いままで以上に、姿勢、気を付けてみます。

 

 

 

 

 

(ちなみに、「正しい姿勢」を説いた本は世の中にあふれかえっているけれど、私のオススメは小池義孝さんという気功の先生のご著書です。筋肉ではなく、骨で姿勢を支える、という方法を提唱されていて、はじめて読んだときは目からウロコが大フィーバーでした。そして、実際、小池さんの考え方に出会ってから、私の姿勢、めちゃめちゃ良くなりました! 簡単だし、負担がかからないって最高です。もしよろしければ。)