桃まんじゅうこわい

2017年4月29日

おはようございます。小出遥子です。

今朝、私、ものすごい悪夢を見まして……。
こんなのです。

とあるお寺で出家することになり、髪を剃りました。
その直後、「初修行だ」と言って連れられていった先には
見たこともないほどでっかい蒸籠(せいろ)が……。
ふと周りを見渡すと、周りのお坊さんたち、みんな、当たり前のようにして、
桃まんじゅうの皮でできたふかふかのスーツのようなものを身につけています。
「あんたも早くこれを着て、数時間、この中で蒸されなさい」
えええええーーーーーーーー!? 恐ろしすぎる……!!!!!!!!
「あの、私、閉所恐怖症なんです。(実話)
あと、蒸し暑いのとかほんとうに苦手なんです。(実話)
こんなことしたら確実に死んじゃいます!」
涙ながらに訴えるも聞き入れてもらえず、
無理やり桃まんじゅうスーツ(略してMS)を着せられる私……。
「無理です!!! ほんとうに死んじゃいます!!!」
涙鼻水垂れ流しながら力の限り叫ぶと、
先輩僧侶は冷たく言い放ったのです。
「じゃあ還俗すれば?」

……ここで目が覚める。

はあ……なんだこの夢は……。
悪夢にもほどがあるぞ……。
っていうか桃まんじゅうって!
食べたいのか?(笑)

自分の潜在意識のカオスっぷりに自分で呆れてしまう……。

まあ、しかし、こんな夢の内容はどうでもいいんです。
(ここまで詳細に書いておいて……。)
今日話題にしたいのは、夜寝ているときに見ている夢と、
起きているときに見ている「これ」と、
いったい、なにが違うんでしょうね? ということ。

つい最近もこんなことを書いたような気がするのですが、
まあ、大事なところなので、しつこいけれど、今日も書きます。

上記の夢の中でも、私、当然のように、
動いたり、話したり、泣いたり、叫んだりしていますけれど、
それをやっているのは、ほんとうに「私」なんでしょうか?

夢の中のお話って、自分の意志とは関係なく、
ごくごく勝手に展開していきませんか?

夢の中の自分って、
ほんとうに自分の力で動いたりしゃべったりしていますか?

そんなことないですよね?
ごくごく勝手に「動く」とか「話す」とかいうことが起きていますよね?

起きているときに見ている「現実」だって、
実はこれとまったく一緒だと思うんです。

ほんとうのところ、この「現実」においても、
自分の力でなにかをなしていることなんかひとつだってなくて、
動くことも、話すことも、泣くことも、叫ぶことも、笑うことも……
ぜんぶ、縁の中で、ごくごく勝手に起こっているだけ。

たとえば、誰かに、なにか、ものすごく失礼なことを言われて、
「はああ? ちょっとこれはひとこと言い返さないと!」
と思って、相手になにかを言ったとします。

これって、ほんとうに自分の意志で動いたことになりますか?

本人としては「言い返したかったから言い返しただけだよ!」
と思っているかもしれませんが、
でも、そもそも相手に失礼なことを言われなければ、
なにかを言い返す、という行動は出てこなかったわけです。

そこに、自発的に動いた誰かは存在していますか?

すべて、これと一緒です。
ぜんぶ、縁の中で起こっているんです。
おのずから、起こっているんです。
自分の意志なんか、探せば探すほど、
まったく、どこにも見つからないことがわかる。

寝ているときに見ている夢と、
起きているときに見ているこれ。
その意味で言えば、まったく一緒です。

人生すべて夢のようなもの、というか夢そのもの。
深刻になっても仕方ない。

夢そのものの人生、できるだけたのしく生きていきたいですね。

連休初日の人も多いのかな?
私は今日も仕事ですが、まあ、ぼちぼちやります(笑)。

よい一日をお過ごしください◎

5月28日(日)の15時より、名古屋市中川区の真宗大谷派寺院・瑞因寺さんにて、対話の集い・Templeを開催させていただくこととなりました。
名古屋でのTemple開催は初! このありがたいご縁に、こころより感謝しています。
お近くの方も、そうでない方も、この機会に、ぜひTempleをご体験ください。
お目にかかれるのをたのしみにしております!
どうぞよろしくお願いいたします◎

【5/28(日)】Temple@瑞因寺
http://temple-web.net/event/67/