「いまここを生きる」って

2017年5月4日

おはようございます。小出遥子です。

精神世界をかじったことがある人なら誰もが知っているであろう
最重要キーワード、「いまここ」。

ここで言う「いま」は、
時間を超えたところにある絶対的な「いま」のことだし、
ここで言う「ここ」は、
空間を超えたところにある絶対的な「ここ」のこと。

だけど、ものすごく単純に、
ことばそのままの意味(相対的な意味)としても通じてしまうのが、
「いまここ」というキーワードの面白いところで……。

たとえば、
「いま、ここで、いま、ここ以外のものを見つけられますか?」
「いま、ここに、未来や過去、ここではないどこかを見つけられますか?」と問われて、
「見つけました!」と答える人はいないでしょう。

「いま」はいつにおいても「いま」であり、
「ここ」はどこにおいても「ここ」だからです。

だから、「目の前にあるものがすべてだ」
「過去も未来もここではないどこかも幻想だ」というのは、
ある意味では完全完璧にその通りで、反論の余地のないものではあります。

でも、そうは言っても、
未来に起こることに期待してこころをときめかせたり、
過去の出来事を回想してやさしい気持ちになったりすることもある。
これから訪れる未知の場所に無条件にわくわくしたり、
過去に訪れたここではない場所の風景が忘れられなかったりすることもある。

それが、人間という生き物の、ごくごく当たり前の性質です。

いまここにはいまここしかないけれど、
人間は、いまここにないもののことを思って(想って)
こころを動かすことのできる生き物です。

それは、いまここにはいまここしかないということが「事実」であるのと、
まったく同じだけ「事実」なのです。

過去も、未来も、ここではないどこかも……
いまここにふわっと湧き上がっているのなら、
その存在は、決して否定のできるものではない。

実際には「ある」と感じているものを
「ない」のだと無理やり思い込んでしまうよりも、
「ぜんぶあるよね」「いまここにあるよね」とふわっと受けとめて、
ただ、そこに立ちあらわれたものたちと、踊るように生きていけばいい。
そっちの方が、人生、豊かだと思うのです。
いまここを生きるって、そういう意味なんじゃないかなあ。

よい一日をお過ごしください◎

5月28日(日)の15時より、名古屋市中川区の真宗大谷派寺院・瑞因寺さんにて、
対話の集い・Templeを開催させていただくこととなりました。
名古屋でのTemple開催は初! このありがたいご縁に、こころより感謝しています。
お近くの方も、そうでない方も、この機会に、ぜひTempleをご体験ください。
その後、手羽先屋さんで懇親会もあるみたい……?(笑)
懇親会のみのご参加もOKです!
みなさまにお目にかかれるのをたのしみにしております。
どうぞよろしくお願いいたします◎

【5/28(日)】Temple@瑞因寺
http://temple-web.net/event/67/