あいまいな世界

2017年5月7日

おはようございます。小出遥子です。

今日はこちらの引用から。少し季節外れかも(笑)。

「それはなんの歌?」

 と、ムーミントロールがききました。

「自分でつくった歌よ」

 と、あなの中から声がしました。

「雪のランプをこしらえた、おしゃまさんの歌さ。でも、くりかえしのところは、ぜんぜんべつのことよ」

「なるほどね」

 こういって、ムーミントロールは、雪の中にこしをおろしました。

「あんたなんかにゃ、わかりっこないわ」

 こういっておしゃまさんは、赤と白のセーターがよく見えるように、あなの中からおきあがりました。

「だって、くりかえしのところは、だれにもわからないことをうたっているんだものね。わたし、北風の国のオーロラ(北極光)のことを考えてたのよ。あれがほんとにあるのか。あるように見えるだけなのか、あんた知ってる?

 ものごとってものは、みんな、とてもあいまいなものよ。まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」

 おしゃまさんはそういうと、また雪の中にひっくりかえって、空を見上げました。空は、いまはもう、まっ黒になっていました。

(『ムーミン谷の冬』 ヤンソン=著 山室静=訳 講談社文庫 より抜粋)

これ、すごくいいですよね。

「ものごとってものは、みんな、とてもあいまいなものよ」
「まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」

ほんとうに、なにひとつ、確かなものなんてないなあ、と思います。

すべて、瞬間ごとにあらわれて、次の瞬間には消えていて。

雲のかたちも、川面の表情も、
木々の葉が風にそよぐ様子も、
それらに触れて私のこころに浮かぶ思いも、
すべて、瞬間ごとに違うあらわれを見せてくれて、
気がついたときにはなくなっていて。

どこにも固定化されたものはなくて、
瞬間ごとに流れていって、掴めなくて。

それでも。

あの瞬間の雲のかたち、あの瞬間の川面の表情、
あの瞬間の木々の様子、あの瞬間のこころの模様……
それらの「実在」を深いところで受けいれている「わたし」もいて、
その「わたし」の「存在」は、決して否定できるものではなくて。

すべて、「ある」とも言えるし、「ない」とも言える。
すべて、「ある」とも言えないし、「ない」とも言えない。

「ある」けど「ない」し、「ない」けど「ある」。

こんな不思議な世界を、私たちは、今日も、生きている。
そのことが、いちばん不思議だなあ、と。
そして、そこにこそ、どうにも形容できない感動があるなあ、と。

そんな風に思います。

よい一日をお過ごしください◎

5月28日(日)の15時より、名古屋市中川区の真宗大谷派寺院・瑞因寺さんにて、
対話の集い・Templeを開催させていただくこととなりました。
名古屋でのTemple開催は初! このありがたいご縁に、こころより感謝しています。
お近くの方も、そうでない方も、この機会に、ぜひTempleをご体験ください。
その後、手羽先屋さんで懇親会もあるみたい……?(笑)
懇親会のみのご参加もOKです!
みなさまにお目にかかれるのをたのしみにしております。
どうぞよろしくお願いいたします◎

【5/28(日)】Temple@瑞因寺
http://temple-web.net/event/67/