抵抗しないとか、執着しないとか。

2017年5月8日

おはようございます。小出遥子です。

私の師匠のひとりである藤田一照さんが、
あるとき、こんな式を教えてくださいました。

苦しみ=痛み×抵抗

幸せ=快感÷執着

一照さんはこれを「仏教方程式」と呼んでいました。
すごく面白いし、理屈として、非常にわかりやすいですよね。

「痛み」や「快感」は自分の意志とは関係なく
向こう側からやってきてしまうものだけれど、
それに対して、自分がどの程度
「抵抗」あるいは「執着」するかによって、
「苦しみ」や「幸せ」の度合いが変わってくる。

なるほど! 確かにその通りだ!

……と思ったところで、しかし、
痛みにあったら抵抗を上げ、
快感にあったら執着を上げてしまうのが
人間という生き物の悲しい性で……。

ブッダになれば
「抵抗ゼロ」「執着ゼロ」という状態も実現するのかもしれませんが、
(ゆえに「痛いけど苦しくない」という状況も起こり得る)
まあ、簡単にはいかないですよねえ。

それに、単なる知識としてこれを頭につめ込んでしまうと、
なにかに対して抵抗している自分に対して抵抗してしまったり、
なにかに執着しない、ということに対して執着してしまったり……
という本末転倒な状況も発生しやすくなる。
(ええ、ええ。身に覚えがありまくりますとも……。)

だから、まあ、最初のうちは、というか、
上記のような状況にハマりこんでしまっている自分に気づいたときには、

なにかに対して抵抗している自分に対して抵抗している自分も、
なにかに執着しない、ということに対して執着している自分も、
すべて、縁の中で生じてきてしまっているのだ、ということを思い出して、
そんな自分をゆるしてあげるといいかなあ、と。

「あ、私、また本末転倒なことやっちゃってた。
でも、まあ、仕方ないか。縁の中でこうなっちゃったんだもんね……」

そう言って、少し力を抜くことができたら、
もしかしたら、その先に、ありとあらゆる抵抗も、ありとあらゆる執着も、
すべてほどけて消えていくポイント……というかグラウンドを
見出すことができるかもしれない。

そこではじめて、上記の方程式の意味を、
理屈じゃなく、深く理解できるのでしょう。

仏教をはじめとする、世にあまたある本質的な知恵・智慧を上手に学んで、
できるだけ苦しくなく、できるだけ幸せに、生きていきたいですね。

よい一日をお過ごしください◎

5月28日(日)の15時より、名古屋市中川区の真宗大谷派寺院・瑞因寺さんにて、
対話の集い・Templeを開催させていただくこととなりました。
名古屋でのTemple開催は初! このありがたいご縁に、こころより感謝しています。
お近くの方も、そうでない方も、この機会に、ぜひTempleをご体験ください。
その後、手羽先屋さんで懇親会もあるみたい……?(笑)
懇親会のみのご参加もOKです!
みなさまにお目にかかれるのをたのしみにしております。
どうぞよろしくお願いいたします◎

【5/28(日)】Temple@瑞因寺
http://temple-web.net/event/67/