色(いろ)から考える縁起の世界観

2017年5月9日

おはようございます。小出遥子です。

若葉やツツジやタンポポや、あるいは若い女の子のスカートや……
春から初夏にかけてのこの季節、
どこに目を向けても綺麗な色で溢れていて、
なんだか、もう、それだけでワクワクしてしまいますね。

自然の色には、ときどき、ほんとうにハッとさせられます。
この葉っぱは、この花は、
どうしてこんなにうつくしい色をしているんだろう、って。

でも、科学的に言えば、
葉っぱや花がその色を「持っている」わけじゃないらしくて……。
むしろ、その色をそれらが「持っていない」からこそ、
私たちの目に、その色として映るらしいんですよ……。
ちょっとビックリしてしまいますよね。

ガチガチの文系人間なのでどこまで正確にできるかは謎ですが、
まあ、ごくごく簡単に説明すると……

ネオンサインなどのように
それ自体が色のついた光を放っているものは別ですが、
それ以外のありとあらゆる色のついた物体の場合、
私たちは、物体に当たって反射してきた光の色を、
その物体の色として見ているらしいんですね。

たとえば青に見えるものは、
その物体が青い光を撥ね返し、
それ以外の色を吸収したからこそ、
私たちの目に青い光が届いて、
私たちは、それを青い物体と認識できる。

赤に見えるものは赤い光だけを、黄色に見えるものは黄色い光だけを、
それぞれ反射して、それ以外の色を吸収してしまうからこそ、
それらは、赤い物体や黄色い物体に見えるんですって。

その色以外のすべての色が吸収されて、
はじめて、その物質は、その物質の色を持てる……。

面白いですよね。
これって、つまり、

色というのは、そのもの以外の色で成り立っている!

と言えるということで。

(※白と黒は例外。白はすべての光を反射し、
黒はすべての光を吸収してしまうそうです。)

なんだか感動してしまいます。
それこそ先日書いた「おかげさま」の世界。

これ、きっと、ありとあらゆる存在にも、
そのままあてはめられるんじゃないかな。

私という存在は、私以外のすべての存在によって成り立っているし、
あなたという存在は、あなた以外のすべての存在によって成り立っている。

逆に言えば、
私以外のすべての存在がなければ、私という存在はないし、
あなた以外のすべての存在がなければ、あなたという存在はない。

仏教で言う「縁起」(そして「無我」)って、こういうことですよね。

これ、なにもぶっ飛んだことは言っていなくて、
ほんとうに、単なる、あたりまえの事実を言っているだけなんですけれど、
なんというか、その「あたりまえ」に「ありがとう」を伝えたくなりますよね。

私という存在は、私以外のすべての存在によって成り立っている。

それを知るだけで、なんだかちょっとだけこころが強くなりませんか?
今日も、ただ、生きていこう、っていう気分になりませんか?

すべてのご縁に感謝です。ありがとう。

よい一日をお過ごしください◎

 

≪今後のスケジュール≫

【5/28(日)】Temple@瑞因寺
(名古屋でのTemple初開催!)

【5/30(火)】Temple@神谷町光明寺(ゲスト:プラユキ・ナラテボーさん) ※満員御礼

【6/5(月)】Temple@髙願寺
(ゲスト:小笠原和葉さん)

【7/23(日)】Temple School 特別イベント第2弾
(ゲスト:横田南嶺さん、藤田一照さん)