その人を愛するように 世界を愛せよ

2015年1月18日

《18歳の俺へ》

 

Q10を愛したように 世界を愛せよ

 

今は見えなくても 自分を信じろ

 

いつか目の前に お前が信じた物が形をもって現れる

 

その日まで

 

(木皿泉脚本ドラマ『Q10』より)

 

 

 

 

 

「彼氏の元カノが気になる……」

 

とか、

 

「好きな人には恋人がいて……」

 

とか、

 

「奥さんさえいなければ……!」

 

とか(ひぃ!)、

 

まあ、非常によくある話ですよね……。

 

居酒屋に行って、周りに座った見知らぬ人たちの話に少し耳を傾けてみると、だいたいみんなこんな話ばっかりしています。

 

 

 

よくわかります。

 

人間だものね~。

 

「世界にあの人と私だけを残して、あとはぜんぶ消えてしまえばいい!」

 

とかね、

 

恋って人間の頭をおかしくさせますからね、そういう気分になってしまうときだってあるでしょう。

 

 

 

でも、少しばかり冷静になって考えてみれば、

 

「いまあなたが恋をしている相手を“その人”として成り立たせているのは誰ですか?」

 

というところに、すぐに思い至ると思うのですよね。

 

まあ、その冷静さを欠落させるのが恋というもののおそろしさなのかもしれませんが……。

 

 

 

「音楽の趣味が合ってうれしい!」って、

 

彼にそのジャンルの音楽の良さを伝えたのは直前の彼女ですから……!

 

とか、

 

「誠実なところが好き!」って、

 

彼が女性に対してマメになったのは、過去の恋愛において苦い経験をした結果なんですけど……!

 

とか、

 

「余裕があって落ち着いていて、なんてステキな人なの!」って、

 

あなた、そりゃあ結婚して子どももうけて真面目に育ててれば、人間としての深みも増すでしょうよ……!

 

とか。

 

 

 

相手が“その人”としてあなたの目の前に現れるためには、無数の人間の存在が必要なんです。

 

その中には、もちろん、自分にとって、人間的に相性のよくない人物だって含まれているでしょう。

 

でも、自分の好きな人を“その人”として成り立たせてくれている、その一点においては、本当は、背後に存在するどんな人間のことだって、目の前の“その人”と同様に愛せるはずなんですよね。

 

 

 

「良い恋愛」は世界を広げ、

 

「悪い恋愛」は世界を狭める、

 

ということができるんじゃないかな、と思います。

 

 

 

あれ、当たり前すぎること言った???

 

 

 

「良い恋愛」は世界を愛することにつながっていき、

 

「悪い恋愛」は世界を憎むことにつながっていく、

 

と言った方が正確かな。

 

 

 

あの人が好き→あの人をあの人として成り立たせたすべてが好き→世界が好き!

 

となるか、

 

あの人が好き→あの人の周りにいる人すべてが許せない→地球、爆発しろ!

 

となるか。

 

どちらが自分が「自由」でいられますかね。

 

 

 

「良い恋愛」は自分を「自由」にし、

 

「悪い恋愛」は自分から「自由」を奪う。

 

 

 

まあ、恋愛に「良い」も「悪い」もなくて、本当はすべて意味があってのことだとは思うのですが、

 

それでも、できることなら、いつだって「自由」でありたいものですよね。

 

本来、すべてのものは、自分が「自由」になることを動機として行われるべきだと思うんです。

 

「自由」を味わいたくて生きているようなところってあると思うから。

 

 

 

この場合の自由は、「自分の足で立って生きていくこと」です。

 

 

 

逆に言えば、「自由」が奪われてしまうような感覚が少しでもあるような恋愛は、

 

果たして、これ、本当に「恋愛」と呼べるのか?

 

ということを、一度、疑ってみた方が良いよ、というお話で。

 

 

 

自分はちゃんと相手を愛せているのか?

 

そこにあるのは、相手への愛情なんかじゃなくて、歪んだ自己愛だけなのではないか?

 

 

 

相手と向き合うっていうのは、相手を相手として成り立たせているすべてと、丸ごと向き合うっていうことです。

 

自分にとって好ましい部分だけを抽出して、あとは見ないふりをして甘い汁だけ吸って生きていく、なんてこと、できるわけがなくて。

 

いや、短期間ならそういうこともできるでしょう。

 

でも、すぐに破綻します。

 

 

 

世界を愛することにつながらない恋愛なんて不毛です。

 

 

 

もちろん、「相手を愛するように、世界を愛せよ」とかって言ってみたところで、一足飛びにはいかないですけれどね。

 

「丸ごと受けいれる」って、ほんと厳しいことなんです。甘くないんです。

 

恋愛は甘くない。

 

 

 

でも、その「厳しいこと」「甘くないこと」を少しずつ少しずつ誠実に積み重ねていった先には、

 

にわかには信じられないほどに、「甘く」「やさしい」世界が待っているんです。

 

すっぽりまるごと全肯定の世界です。

 

「これでいいんだ」「ここにいていいんだ」ということが、無条件で感じられる世界。

 

そういう世界って、存在するんです。

 

 

 

いまは見えなくても、自分を信じて正しく努力する人には、必ず見えてくるはずです。

 

たぶん、世界はそういう風にできています。

 

 

 

 

 

 

 

 

その人を愛するように 世界を愛せよ

 

今は見えなくても 自分を信じろ

 

いつか目の前に お前が信じた物が形をもって現れる

 

その日まで