浪人生活と水星逆行

2015年1月27日

英語をですね、いよいよ身につけようと思いまして。自由に話せたり書けたりできるのなら、単純に、世界が広がるだろう、と。ちょっと必要に迫られて、という部分もあって、少し前から真面目に勉強を始めたのです。

 

で、昨日も英語例文の本を探しに、神保町の本屋さんに入ったんですね。

 

それは良いのですが、もうね、私、大学受験のコーナーに足を踏み入れた瞬間に、後ろ向きにひっくり返りそうになりましたよ。

 

受験の参考書のラインアップって、私が受験生だった時代(つまり十数年以上前)とほとんど変わっていないのね……! いろ~んな記憶が一気によみがえってきて、「ぎゃああ!」と叫んで逃げ出したくなりました……。

 

 

 

戯れにフラッシュバックの一部をご紹介しましょうか……。

 

 

 

予備校の売店の青白い蛍光灯……。

 

カロリーメイトの味……。

 

ゴミ箱の前に無数に立ち並ぶリポビタンDの空きビン……。

 

薄灰色に低く垂れこめた「裏日本」の雪雲……。

 

日に日に濃くなっていく浪人仲間の目の下のクマ……。

 

……。

 

……。

 

……。

 

 

 

……思わず無言になってしまいました。

 

が。

 

あの日陰的な浪人生活の一年間って、いま振り返ってみれば、その後の私の人生を、割と根底の部分で支えてくれているなあ、と。

 

「もう一回やる?」と聞かれたら全力で首を横に振りますが、でも、決して「ムダ」な経験ではなかったと思う。

 

あの経験ができて、良かったのだと思う。

 

 

 

以前にもここに書いた気がしますが、浪人が決定してとぼとぼと向かった予備校の最初の授業でね、ある先生がこう言ったんです。

 

 

 

「君たちは、確かに、一本電車を見送ることになった。

 

でも、ホームに立っているうちに、線路の向こう側に咲いた野花の美しさに気づくこともあるかもしれない。

 

地面の匂いを思いっきり味わうこともあるかもしれない。

 

吹き渡ってくるそよ風を、頬に気持ち良く受けることだってあるかもしれない。

 

いま、この状況でしか見えない、感じられない景色は必ずある。

 

それを楽しんでください。それを楽しめる自分でいてください。」

 

 

 

いま、この状況でしか見えない、感じられない景色は必ずある。それを楽しめる自分でいてください――

 

実はその先生の教え方はそこまで好きではなかったのですが(笑)この言葉は、いまも、私のこころのベースにどっしりと横たわっています。

 

 

 

いま目の前にある状況は、自分の意識がそれを望んでいようが望んでいまいが、思い通りだろうがそうでなかろうが、すべて必然として起こっているのだと思う。

 

この世には「そうなるようにしかならなかった」ことしか起こらないのだと思う。

 

それならば、もう、肚をきめて、「いま」「ここ」にあるものと向き合うしかない。

 

向き合った人にしか見えない、辿り着けない境地っていうのがあるんです。

 

そして、それは、いつだって、誰にだって開かれているのだと思う。

 

 

 

石井ゆかりさんの占いによると、いまって水星逆行期間らしいですね。

 

全体的に、物事がさくさくと進まず、どういうわけか滞りがちになってしまう期間。

 

これは2月の半ばまで続くらしいです……。

 

 

 

「うげげ……」って思いますよね。「なんか嫌だな……」「憂鬱な期間だな……」って。

 

たしかに、「思い通りにいかない」っていうのは、すごくストレスです。「なんでよ!?」って頭をかきむしりたくなること、いっぱいあります。

 

 

 

でも、これだって、決して「悪い」ことが起きているわけではないのですよね。

 

「思い通りにいく」ことを「良い」こと、「思い通りにいかない」ことを「悪い」ことと決めつけてしまえば、まあその人の世界ではそうなってしまうのでしょうけれど、

 

でも、実際、その出来事自体に「良い」も「悪い」もなくて。

 

ただ、「そうなるようにしかならなかった」というだけ。

 

 

 

足踏み状態のときこそ、普段かえりみることのない「いま」「ここ」に注目する大チャンスなのかもしれません。

 

 

 

外側の状況にかかわらず、いつだって「いま」「ここ」を生きることができたのなら、

 

その人の人生は、本当の意味での「よろこび」に満ちたものになるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

私は、よろこび溢れる人生を送りたいです。

 

「いま」「ここ」から。