「おぢやんしょの仏教話」ありがとうございました!/フィルターを外すって?

2017年5月24日

おはようございます。小出遥子です。

昨日は新潟県小千谷市の浄土真宗寺院・極楽寺さんにて
「おぢやんしょの仏教話」というイベントを開かせていただきました。

極楽寺の門徒さん、小千谷市の方々をはじめ、新潟県内各地から
25名ほどの方にお集まりいただき、
大原三千院門主・堀澤祖門さんと、極楽寺住職・麻田弘潤さんとともに
和やかに「仏教話」をたのしむことができました。
ほんとうに、かけがえのないひとときでした。

参加者のみなさんに、「自分ごと」として仏教に触れ、人生を生ききる、
そのヒントとなるようなひとときとなったのならうれしいな、と思います。

みなさま、ほんとうにありがとうございました◎
このブログの読者の方々にもご挨拶することができて感激でした。

三人の対話は、近々、なにかのかたちにまとめたいな、と思っています。
乞うご期待! です!

さて、昨日のブログで、私、「未知の世界に飛び込んでみよう!」
……みたいなことを書いたのですが(こう表現するとかなり陳腐ですね。笑)、
ここで言う「未知の世界」って、実際のところ、
自分が「既知の世界」だと思い込んでいるものと同一だったりするんですよね。

「未知の世界」は、いまここにある。

ほんとうは、いつだって、世界はまったくあたらしく
生まれ変わり、死に変わりをくり返していて。
そこにはなにひとつとして同じものなんかなくて。

「え? ぜんぜんそうは思えないよ!」という人は、
「未知」の世界を、「既知」のフィルターを通して見ているだけ。

(堀澤祖門さんは、昨日のお話の中で、このフィルターのことを
「枠」や「型」と表現されていましたね☆)

だから、昨日言った「未知の世界に飛び込む」というのは、
そのまま、「既知のフィルターを外して生きていこう!」ということになります。

……が。

そうは言っても、フィルターなんかそう簡単には外れてくれないのです。
メガネのように、一瞬でかけたり外したりできるならいいんですけれど、
そうは問屋が卸さないのがこの世の常……。
「フィルターを外そう!」と力んでしまうと、
余計にそれが強化されちゃったりしますからね。

でも、「自分にはフィルターがかかっているんだ」と自覚することで、
世界の見え方は変わってくる、ということは確かなので。
まずはそこから、未知の世界の感触を知っていければいいかなあ、と。

ほんとうは、すごくシンプルなことなんだと思います。

よい一日をお過ごしください◎

 

≪今後のTempleのスケジュール≫

【5/28(日)】Temple@瑞因寺
(名古屋でのTemple初開催!)

【5/30(火)】Temple@神谷町光明寺(ゲスト:プラユキ・ナラテボーさん) ※満員御礼

【6/5(月)】Temple@髙願寺
(ゲスト:小笠原和葉さん)

【7/23(日)】Temple School 特別イベント第2弾(ゲスト:横田南嶺さん、藤田一照さん) ※満員御礼