♪これで~いいのだ~

2017年5月27日

おはようございます。小出遥子です。

今日は、先週末に発売された最新刊の「おわりに」からの引用を。
(※「おわりに」は私が、「あとがき」は共著者の藤田一照さんが書きました。)

 私たち人間は、常に、「これでいいのか?」と「これでいいのだ!」のはざまに生かされていると感じます。「これでいいのか?」は此岸で迷う人間の声。それに対して、「これでいいのだ!」は彼岸からの呼び声。

 この二つは、しかし、実際のところ、明確に区別できるものではなく、今ここにおいて、まったく同時に、「ひとつ」の声として響いているようにも感じられるのです。

『青虫は一度溶けて蝶になる:私・世界・人生のパラダイムシフト』 藤田一照、桜井肖典、小出遥子=著 春秋社=刊 より)

昨日の夜、夫に、唐突に、

「ようこちゃんはバカボンのパパみたいなところがあるからな~」

と言われたんです……。

バカボンの……パパ……?

どういう意味なのかは、あえて聞きませんでした。
なんとなく、わかるような気がしたからです。

まあ、それはいいとして……。(いいのか……?)

「これでいいのか?」と「これでいいのだ!」は
ほんとうに、まったく同時にあるよな~、と思うんです。

「これでいいのか?」と「これでいいのだ!」の両極を
フラフラユラユラ行ったり来たり……。
しかし、それこそが人間の姿なのである!
……というようなことを言いたいわけではないんです。

「これでいいのか?」(凡夫の声)と「これでいいのだ!」(仏の声)は
「両極」などではなく、完全に、「ひとつ」なんです。
「ふたつ」のものとしてわかれていないんですね。

バンドサウンドみたいなものですね。
「これでいいのか?」は超絶技巧でメロディをかき鳴らすギター。
「これでいいのだ!」はそれをどっしりと支えるベース。
どちらか片方が欠けてもバンドサウンドとして成立せず、
両方が完璧にそろってはじめて「ひとつ」の音として完成される……。

最初は、ギターの音の方だけに注目(注耳?)してしまうんです。
だって目立つから(笑)。
そっちの方が耳に届きやすいから。

でも、少しずつ、それと同時に奏でられている低音にも
目が(耳が)届くようになって……。

なんだ、「これでいいのだ!」の呼び声は
最初から届けられていたんじゃん……!

なによ、もう、はやく言ってよね。
っていうか、なんか、脱力しちゃうんですけど~~~

となったところで、
つまり、ベースの音色の心地よさに気づいたところで、
ギターの音色が消えるわけではなく。

というか、ギターの音色を消す必要なんかどこにもなく、
同時に聞こえるふたつでひとつの音色を、
受けとめるともなく受けとめて、
あとは、ただ、踊るように生きていけばいい。
ほんとうに、ただ、それだけでいい。

そんな風に思っています。

「これでいいのか?」「これでいいのだ!」

よい一日をお過ごしください◎

 

≪今後のTempleのスケジュール≫

【5/28(日)】Temple@瑞因寺
(名古屋でのTemple初開催! まだお席に余裕ございます! ふるってご参加くださいませ!)

【5/30(火)】Temple@神谷町光明寺(ゲスト:プラユキ・ナラテボーさん) ※満員御礼

【6/5(月)】Temple@髙願寺
(ゲスト:小笠原和葉さん)

【7/23(日)】Temple School 特別イベント第2弾(ゲスト:横田南嶺さん、藤田一照さん) ※満員御礼