完全、完璧なのに、どうして

2017年5月29日

おはようございます。小出遥子です。

昨日は名古屋の真宗大谷派寺院・瑞因寺さんにて
Templeを開催させていただきました。

名古屋でのTempleは初、ということで、少しばかりどきどきしていたのですが、
ご参加の方々のやさしい笑顔と、瑞因寺の飯田住職のリードに助けられ、
終始フレンドリーな雰囲気の中で、安心してイベントを進めることができました。

「素」の姿で、「素」のお話を、なんの気取りもなくたのしまれるみなさんのお姿に、
あらためてTempleというのがどういう場所なのかを教えていただいた気がしています。

ほんとうに、すごくたのしかったです!(Templeも、懇親会も。)
印象深い一日でした。
飯田住職、ご参加のみなさま、お会いしたみなさま、
ほんとうにありがとうございました。

さて、昨日の懇親会で、とても素敵な女性から、
こういった質問(?)を投げかけられました。

「すべては全体性の中で起こるべくして起きていて、
だから、すべてはOKで、でも、その“すべてOK”な中で、
小出さんはいろいろなご活動をされていて。
小出さんのご活動の源にはなにがあるのでしょう?」

ごもっともなご質問です。
一見して、ものすごく矛盾したことをやっていますものね。

そうですね。私自身、
「ほんとうはどこにもなにも問題はないのだから、
なにもしなくていいじゃん」なんてことを考えて、
「ぼへ~」っと脱力して暮らしていた時期もありました。

まあ、ここに関しては、いまでもあまり変わっていません。
いろいろ活動をしながらも、
「いまあらわれているものがすべて。これが完全で、完璧」
という気持ちは、ベースのところに、いつだってどっしりとある。

なのに、どうしてTempleを開いたり、
こうして毎日ブログを更新したりしているのか。

それは、私はこういった活動をすること、それ自体が縁の中で起こっていて、
これすらも、「完全、完璧な世界」「完全、完璧な流れ」からはみ出していないから、
……ということになりますかね。
やることになっているからやっている、というか……。

これはもちろん運命決定論とかそういうことじゃなくて、
ごくごく単純に、いまここにおいて、
「ほんとうはなにもしなくていい」というポイントに自分自身をリリースしておくと、
どういうわけかピタピタピターッとご縁が整って、
「これをしてください」というメッセージが向こうからやってくるので、
そのたびに、「はい、やります」と答えて、実際にやっているうちに、
また向こうからメッセージがきて、「はい、やります」と答えて、やって、
ただただ、もう、その繰り返しで……。

そのすべてが、完全、完璧な流れの中で起きていて、
それを信頼しているので(信頼「しきっている」ので)
前みたいな矛盾感は、いまは感じていないです。

だから、目の前に困っている人がいたら、
「大丈夫だよ」と言うだけじゃなくて、
自分にできる限りの現実的なアドバイスもするし、
泣いている人がいて、その人がなぐさめを求めていたら、
全力でこころを寄り添わせて一緒にいる。
そういう「人間らしい」ことも、普通にします。
というか、そういうことがご縁の中で起きてくるので、
ごくごく自然にそれを受けいれて、やるともなくやっている、
……という感じかなあ。

自分がなにを考えて、なにを感じて、どう動こうが、
「世界の完全さ、完璧さ」からはみ出すことはぜったいにない。

だから、安心して、いろんなことを考えて、いろんなことを感じて、
いろんなことをしていったらいいのだと思っています。

ということで、これからもTemple続けます!
ご縁があれば、ぜひご参加くださいね。

よい一日をお過ごしください◎

 

≪今後のTempleのスケジュール≫

【5/30(火)】Temple@神谷町光明寺(ゲスト:プラユキ・ナラテボーさん) ※満員御礼

【6/5(月)】Temple@髙願寺
(ゲスト:小笠原和葉さん)

【6/16(金)】Temple@瑞泉寺
(ゲスト:小竹めぐみさん/京都での初Templeです! ふるってご参加くださいませ)

【7/23(日)】Temple School 特別イベント第2弾(ゲスト:横田南嶺さん、藤田一照さん) ※満員御礼