対話の力を信じている

2016年10月3日

おはようございます。小出遥子です。

毎日毎日こんな「宗教的な」(笑)内容の
Blogばかりを書いている私ですが、
ふだんからこんな話ばっかりしているかと言ったら
まったくそんなことはありません。
いたって「ふつう」の話ばっかりしています。

たとえば、そうだな……
「プリンの味を決めるのは結局カラメルの部分だと思う」とか、
「一度砂風呂というものを体験してみたい」とか、
「私の初恋の相手は顔が三遊亭楽太郎(現・円楽)にそっくりだった」とか、
まあ、そんなお話ばっかりです……。
ほんとうに、「ふつう」なんです。
ごくごく「ふつう」の会話が起こっています。

でも、そうは言っても、私のベースはこっち(ってどっちだ?)にあるので、
たま~に、ぽろっと、
こっち(だからどっち?)系の発言がこぼれてしまうことがあります。

先日もこんなことがありました。

友人が「たまに自分という人間がほんとうに嫌になるんだよね」と言ったんです。
「感情が溢れて、自分でもびっくりするような行動を取ってしまうことがある。
どうしたらいいかわからない。自分で自分を持て余しちゃう」と。

で、私も、「そういうときあるよね。私もあるよ~」と
ぶんぶんうなずきつつ聞いておりまして。

そうしたら彼女、こう言ったんです。
「でも、これが私なんだから、ちゃんと向き合って、
受けいれて、付き合っていかなきゃね」って。

この友人の発言で、小出の「宗教モード」(笑)に
カチッとスイッチが入ってしまいましてね……。
それこそ「気がついたときには」こんなことを言っておりました。

「でもさ、“そんな自分”と、ちゃんと向き合って、
受けいれて、付き合っていくのは、いったい“誰”なんだろうね?」

あはは。
私、ウザいね!(笑)

でも、そのときはふだんは閉じている回路が
「パッカーン!」と開かれて通じてしまったみたいで、
彼女、なにか「はっ」とした顔をしていました。

おもしろいですよね。
「会話」……というより「対話」って、ほんとうにおもしろい。
こういうことがしばしば起きてくるという事実。
これは、希望以外のなにものでもないです。

「ことばの力を信じている」と言ってしまえるほど
私は無邪気ではないけれど、
でも、「対話の力を信じている」ことは確かです。

もっと、「対話」をたのしもうよ。
そこから開けてくる景色を、一緒に見ようよ。

……ということで、私は、Templeをやっています。
近々(今週後半)イベントの詳細も発表します。
そのものズバリ「対話」のイベントです。
ご都合がよろしければ、ぜひ、お気軽に遊びにいらしてくださいね。

 

お読みくださってありがとうございました。

よい一日をお過ごしください◎