「よろこび損」なんか存在しない!

2017年6月22日

おはようございます。小出遥子です。

今日も「しあわせシリーズ」(勝手にシリーズ化)です。

「ぬかよろこび」っていうことば、ありますよね。
辞書には

[名](スル)あてがはずれて、あとでがっくりするような一時的な喜び。小糠祝い。「一時の糠喜びに終わる」「早合点で糠喜びする」

って書いてありますけれど。

まあ、つまりは「よろこび損」っていうことですよね。

これ、割とよくある状況……なのかな……?

いや、私が言いたいのはね、

「よろこび損なんて、ほんとうにありますか?」
「そんなの、ほんとうはどこにもないんじゃないですか?」

ということなんですよ。

だって、その瞬間は、確かによろこんだわけですよね?
「うれしい! しあわせ!」って感じたわけですよね?

じゃあ、もう、それでいいじゃないですか。
それで「成就」じゃないですか。
ひとつも損なんかしていないじゃないですか。

だって、ありとあらゆる願望の根っこには
「しあわせになりたい」という願いがあるわけですよね。
「しあわせを感じて生きていきたい」と。

で、たいていの人は、
自分の設定したなんらかの状況が整ったら、
そこでようやくしあわせになれる、と思い込んでいるんですよ。

逆に言えば、
その状況が整わない限り、自分はしあわせになれない、と。
そう思い込んで生きているっていうことですよね。

でも、それってほんとうなのかな?

だってね、「ぬかよろこび」が起こるということは、
人間、実際には状況が整っていない(ように見える)ときでも、
「よろこび」を感じることができる、ということですよね。

じゃあ、もう、それでいいじゃん、と。
なにも問題ないじゃんよ、と。

ここ最近、何回も書いていますけれど、
しあわせって「なる」ものじゃないんですよ。
しあわせはいつだってここに「ある」んです。

誤:(いつか)しあわせになる
正:(すでに)しあわせである

っていうことですね。

しあわせは、感じようとさえすれば、
いつだって、いまここで感じられるものなんです。

じゃあ、もう、感じてしまいましょうよ。
いまここでしあわせを感じて、よろこんでしまいましょうよ。

「ぬかよろこび」上等ですよ。
人生、よろこんだもん勝ちです。
よろこび損なんて存在しません。

しあわせって、いまここでしか感じられないんですよ。
過去の出来事を思い出してしあわせになるのも、
未来の出来事を想像してしあわせになるのも、
どちらも「いま」起こっていることです。

いま、しあわせを味わえるなら、それでいいんです。
ほんとうに、それだけでいいんですよ。

……なんてことを言うと、
そんなのはふわふわと足につかない生き方だ、
みたいな印象を持たれる方もいらっしゃるかもしれないんですけれど、

でも、私は言いたいんです。

いまここで感じられるはずのしあわせを先延ばしにしてしまう生き方の方が、
ずっとずっと地に足の着かない生き方なんじゃないですか? と。

発想を転換するんです。
そして決めてしまうんです。

私は、いまここで、しあわせを感じて生きていきます。

って。

そう決めた瞬間から、世界はその姿を変えてしまいます。
これ、ほんとうですよ。

なにかのヒントになればうれしいです。

大雨は去ったようですね。
今日も暑くなりそうです。

よい一日をお過ごしください◎

≪今後のTempleのスケジュール≫

【7/9(日)】Temple@法然院
(ゲスト:梶田真章さん)

【7/23(日)】Temple School 特別イベント第2弾(ゲスト:横田南嶺さん、藤田一照さん) ※満員御礼