不機嫌になっている暇はない

2017年7月1日

おはようございます。小出遥子です。

昨日、
「ここ最近、私の忘れっぽさに拍車が……だがそれがいい!
“感じる”優位の生き方最高!!!」
みたいな記事(どんなだ)をアップしましたが、
今日はそれに対する補足です。

私が「忘れてしまってもいいじゃない」
みたいな境地(?)に至った、ひとつの大きな原因に、

「あれ……? 私、ひとりでいても、なにをしていなくても、
完全、完璧に、満たされているぞ……? 満たされ切っているぞ……?
いまここにおいて、私、いつだって、超絶しあわせだぞ……?」

という気づきを得てしまったということがあります。

詳しいことはここ最近のブログをお読みいただきたいのですが、
これ、ほんとうにそうなんです。

おへその下あたりを中心に、なにやらポカポカとした
「あったかくて、なつかしくて、ひろがっていく」感覚が常にあって、
それを味わっているだけで、
「なにも過不足ないわ、この世界。
私、いま、完全、完璧にしあわせだわ」
と、全身脱力、いつだってアヘ顔(す、すみません!笑)、
ゆるみっぱなしで、やばい、めちゃめちゃ気持ちいい〜! 
……みたいな感じになってしまうんですよね。

で、この「あったかくて、なつかしくて、ひろがっていく」感覚って、
ほんとうはいつだって存在しているんですけれど、
過去の出来事への後悔や、未来への過剰な期待、不安、
誰かやなにかに対する執着などで頭がいっぱいになると、
その大きなしあわせ感とつながりにくくなってしまうんですね。

なんかね、それが、私には非常にもったいなく感じられて(笑)。

ほんとうは、いまこの瞬間も、
大きな大きなしあわせ感の中でゆったりと生きていけるはずなのに、
頭の中の幻想、妄想(後悔も期待も不安も執着もぜんぶマボロシ!)にとらわれて、
自分を不機嫌にしている場合じゃない!!!

……と思ってしまうんです。

いや、もちろん、私だって人間ですから、
日々の生活の中で、
どうしようもなくいらっとしたり、
どうしようもなく涙があふれたり、
どうしようもなく不安になったり、
どうしようもなく誰かを責めたり、
そういうことはしょっちゅう起こるんですよ。

でも、私は、もう、あの大きな大きなしあわせの味を知ってしまったので。
不機嫌で自分を染めて、あの心地よさから離れてしまうことは
できるだけ避けたいよなあ、と思っているんですね。

不機嫌になっている暇はない、というか。

そう思って生きると、結果的に、
必要のないところで頭を使って、無駄なエネルギーを消費することがなくなる。
いまここにさらにきっちり立脚できて、
ほんとうにやりたいことだけに、集中的にエネルギーを注ぐことができる。
そうなってくるとさらにしあわせ感が高まって、
余計な幻想、妄想にとらわれにくくなって、
それによってさらにしあわせ感が高まって……。

こういうことが、机上の空論ではなく、
ほんとうにふつうに起こってくるんです。

だからね、もう、余計なことは安心して忘れてしまおう、と(笑)。

私という人間に与えられた最大の役割は、
この大きな大きなしあわせ感を、常に常に味わうこと。
ただ、それだけ。

で、何度も言うけど、このしあわせ感って、
どんな人にも、生まれながらに、かならず備わっていると思うんですよ。
それを感じられない人は、ちょっと頭の中でいろんな考え事をしすぎなだけで、
それをふっとやめてみれば、ここにあるしあわせ感に絶対に気づけるはず。

みんながみんな、この、おへその下のしあわせ感を大切にできれば、
自分の中の「あったかくて、なつかしくて、ひろがっていく」感じを守ることを
最優先にできるようになれば、
世の中平和になるのでは……? と、本気で思っています。
ぜんぜんふわっとした話じゃなくね。
平和への道筋は、そこにしかないだろう、と。

今日もしあわせ感の中でブログを更新できることに感謝です。

よい一日をお過ごしください◎

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