お参りできたことがしあわせ

2017年7月3日

おはようございます。小出遥子です。

昨日は、田舎から母が遊びに来ていたので、
妹と、私と三人で、秩父の三峯神社にお参りに行ってきました。

三峯神社って結構な山奥にあってですね、
池袋駅から西武秩父駅まで特急で1時間半、
秩父駅から三峯神社までバスでさらに1時間半、
山道を登って行かなきゃ辿り着けないんですけれど。

でも、時間かけて行っただけあって、
ものすご~~~く、気持ちのいい神社でした。
緑もいっぱいで、杉の木のいい匂いで満たされていて、
奥宮遥拝殿からの景色も抜群で、大感激でした。

(トップの写真がそれなんですけれど、
なんか、この雲、「神さま……!」って感じしませんか?)

母も妹も大喜びで、「お参りできてよかったね」
と言い合いながら帰ってきました。

いやー……でもね、
私、本殿にお参りしているときにあらためて思ったんですよ。

人って、やっぱり、
「なにかいいことが起こること」、「しあわせを感じること」を、
先送りにしてしまう生き物なんだなあ、って。

本殿の周りでね、ご参拝の方々の声が聞こえてきたんですけれど、
そのほとんどの人たちが、
「ちゃんとお参りしたんだから、きっといいことあるね!」とか、
「わざわざここまで来たんだから、ちゃんとご利益もらわなきゃ!」とか、
そういうお話ばっかりしているわけですよ。

おいおいおい、と。
ちょっと待ちなさい、お嬢さん、と(笑)。

いや、ご利益を求める気持ちはなにも悪くないですよ。
現状、なにかうまくいかないことがあって、それを解決したいとき、
あるいは、もっとスムーズにいろいろと進んでいくことを願うとき、
神仏にお力添えをお願いするのは、ほんとうに、な~んにも悪くないことです。
私も、神社にお参りしたら、割とがめつく(笑)いろいろお願いします。

でもね、そもそも、いま、神社にお参りできていること。
それ自体が、「いいこと」であり、「しあわせなこと」であるわけですよね。
そこを感じることが、その場において、いちばん大事なことなんじゃないかな、と。

「神社にお参りしたから、きっといいことが起こるよね」
みたいに、しあわせ感を未来に先送りしてしまうのではなくて、
「神社にお参りできたこと、それ自体がしあわせ。うれしい!」
と言って、その場で全力でよろこんでしまえばいいんですよ。

人間がしあわせを感じるのって、いつだって「いま」ですから。

「いま」以外にしあわせを感じられるときはないんです。
過去のしあわせを貯めておくこともできないし、
しあわせを未来に先送りすることもできないんです。

だから、いつだって、「いま」しあわせを感じてしまえばいいんです。

結局いつもと同じ結論になりましたけれど(笑)
まあ、そういうことですね。

「いま」しあわせを存分に感じていれば、
しあわせな出来事は勝手に起こるし、しあわせな状況も勝手に整っていく。
順番、間違えないようにしないとね、と。

今日はそんな感じです。
三峯神社、機会があればぜひ訪れてみてくださいね。

よい一日をお過ごしください◎

≪今後のTempleのスケジュール≫

【7/9(日)】Temple@法然院
(ゲスト:梶田真章さん)

【7/23(日)】Temple School 特別イベント第2弾(ゲスト:横田南嶺さん、藤田一照さん) ※満員御礼