「南無阿弥陀仏=バンジーのひも」理論

2017年7月5日

おはようございます。小出遥子です。

「南無阿弥陀仏」とかけて、
「バンジージャンプのひも」と解く、
そのこころは……

「それがあるから飛べるんです!」

(ねづっちです!)

まあ、そんなにうまい謎かけでもないですけれど(笑)
この「南無阿弥陀仏=バンジーのひも」理論って、
私にはかなりしっくりくる説なんですよね。

あ、これは小出遥子さんの説なんですけれどね(笑)。
(つまり、あくまで、私個人の解釈、ということです。)

「絶体絶命、落ちたら死ぬ!」みたいな崖っぷちに立って、
「落ちまい、落ちまい」と踏ん張っていたのに、
ぎりぎりのところで先端が崩れて、
あわれ、谷底に真っ逆さま……

「ああ、もうダメだ、サヨナラ人生……!!!」

となったところに、

「ぽよよ~~~~~ん」

って。

「ぽよよ~~~~~ん」「ぽよよ~~~~~ん」「ぽよよ~~~~~ん」

って。

「ちょっと……ひも、ついてたじゃん!!!(驚嘆)」
「なによ、もう~~~~~!!!(安堵)」
「早く言ってよね~~~~~!!!(号泣)」

みたいな。

阿弥陀如来の救いって、こういうものだと思うんですよね。

言ってしまえば、

「大丈夫、死なないから!」

みたいなものですね。

いや、ちょっと軽く言い過ぎた気もしますけれど、
でも、私の実感としては、まさしくそんな感じ。

究極のところで、絶対的な「大丈夫」を響かせる存在。
それが阿弥陀如来なんだなあ、って。

「南無阿弥陀仏」は、
あえて訳せば「阿弥陀さまにおまかせします!」
ということになるわけですけれど、
ほんとうに「おまかせ」することができれば、
人間、人生を思いっきりたのしむことが可能になるんですよね。

どんなに絶体絶命な状況でも、

「ぽよよ~~~~~ん」

って、救ってくれますから。
それはもう、ぜったいに。
救われない人なんかいませんから。

私はね、もう、それを確信しているんです。
だからこそ、思いっきり生きられるんです。

大丈夫。
救われない人なんかいないし、
そもそも、すでに、みんな、ひとり残らず! 救われているんです。
ひとり残らず、救われ切っているんです。

安心して、飛んでしまいましょう!

よい一日をお過ごしください◎

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