マインドフルに生きる

2017年7月18日

おはようございます。小出遥子です。

今日も、昨日のお話の続きです。

人間、「いまここ」を生きればしあわせ感に満たされる。
じゃあ、どうやったら「いまここ」を生きられるようになるのか?

……というお話ですね。

いま、マインドフルネスが流行っていますけれど、
ひとつひとつの動作に気づきを入れていく、というのは、
やっぱり、ものすごく大事なことだなあ、と感じているこの頃です。

いや、正直、私、これ、あんまり得意じゃないんですよ。
生まれついての粗忽者とは、まさしくこの私のことで……。

なにもないところでよく転ぶし、
ドアは基本的に後ろ手でバーンと閉めるし、
(だから閉まっていないこともよくあるし……)
居酒屋に行けばかなりの確率でビールをひっくり返すし、
あわてておしぼりを掴もうとして違うお皿までひっくり返すし……。

……なんだか書いていて悲しくなりましたけれど、
まあ、これが小出遥子という人間なんです……。

でも。
でも! です。

こんな「ナチュラルボーン粗忽者」な私だからこそ、
ひとつひとつの動作に気づきを入れたときの「ああ、これだ……」感を、
人一倍味わうことができるんじゃないかな、と思っています。

気づきを入れるって、そんなに難しいことじゃないです。
ちょっと気をつければいいだけで。

いや、その「ちょっと気をつける」ができないから
転んだり、ひっくり返したりが止まらないわけですけれど、でも、
「よし、いまから5分間、マインドフルに生きるぞ!」と決めてからの5分間、
自分の動作に気づきを入れていくのは、難しいことではないんですね。
言い切っちゃいましたけど、ほんとに、難しいことではないんです。

たった5分、されど5分。
やるとやらないのとでは、ぜんぜん違うなあ、と感じています。

具体的には……

たとえば、歩くときは歩くことに集中する。
ほかに考え事をしないで、足の裏(靴底)と地面が接触する感覚を
一歩ごとに、ただ、静かに味わい続ける。

たとえば、ドアを閉めるときは、そのことだけに集中する。
勢いでバーンとやらずに、完全に閉めきるところまでドアノブから手を離さない。
ドアノブを掴んでから、ドアが閉まるまでのひとつひとつの動きを、
ただ、静かに味わい続ける。

たとえば、飲みものを飲むときは、それだけに集中する。
コップを持ち上げたときに伝わる液体の重さ、
コップのフチが唇に当たる感触、
飲みものの冷たさ、あるいはあたたかさ、
喉から胃へと滑り落ちて行く感触……
それらを、一口ごとに、ただ、静かに味わい続ける。

こんな感じ。
上で紹介したこと以外にも、日常の動作、すべてにおいて、
「ちょっと気をつける」をやることは可能です。

やってみるとすぐにわかりますけれど、
これ、まどろっこしいどころか、かなり気持ちいいことなんですよね。

うまくすると、すでにそこにある流れと自分とが完全に協働して、
もっと言えば完全に「ひとつ」となって、ただ動く、ということが起きてくる。

そこには過去も未来もなくて、時間軸という概念すらすっぽりと抜け落ちて、
宇宙大の「いまここ」だけが、ただ、静かに広がり続けていて……。

しみじみとした「しあわせ」は、いつだってそこで待っています。

ということで、なんだかんだで「マインドフルに生きよう」が
最近のテーマになってしまった私です(笑)。
なかなか、良いものですよ。
お試しあれ、です。

よい一日をお過ごしください◎