ゲームなのだから

2017年7月19日

おはようございます。小出遥子です。

今日は大好きな小説の引用から。

「暗い心を持つものは暗い夢しか見ない。もっと暗い心は夢さえも見ない。」死んだ祖母はいつもそう言っていた。

 祖母が死んだ夜、僕がまず最初にしたことは、腕を伸ばして彼女の瞼をそっと閉じてやることだった。僕が瞼を下ろすと同時に、彼女が79年間抱き続けた夢はまるで舗道に落ちた夏の通り雨のように静かに消え去り、後には何ひとつ残らなかった。

(『風の歌を聴け』 村上春樹著 新潮文庫 より抜粋)

最近、いよいよ、

「すべては流れ去っていく。
ほんとうに、あとにはなにひとつ残らないんだなあ……」

と。

そんなことを、しみじみ思うようになりました。

ゲームみたいなものですね。

あなたがゲームをやっているとします。
マリオでもドラクエでもなんでもいいです。
やっているときは夢中になって、画面の中のシーンに一喜一憂したりします。

でも、いざ本体の電源を落として、画面を閉じてしまえば……
ゲームの中の世界は、もう、どこにも存在しません。

イメージとしては、まあ、そんな感じ。

これ、なにも死んだあとの話に限りません。
私たち、いまこの瞬間も「なにひとつあとには残らない」世界を生きています。

5分前に自分が考えていたことは、いったい、どこへ行ってしまったのでしょう?
5分前に自分が味わっていた感情は、いったい、どこへ行ってしまったのでしょう?
5分前に自分が感じていた身体感覚は、いったい、どこへ行ってしまったのでしょう?

私たち、ほんとうに、なにひとつ持ち運べないし、
それゆえに、なにひとつ、あとには残せないんです。

なにひとつ、です。

これを聞いて、
「さみしい」とか「むなしい」とか思う人もいるかもしれないけれど、
私は、むしろ、こころの底からほっとするんですよね。
そして、「だからこそ、たのしんで生きていこう」と決意できる。

なにひとつ残らない、まぼろしのような人生を、
あたかも一大事であるかのように味わえるなんて……
これは、まるきりゲームですよね。

ゲームなら、思いっきりたのしまなきゃね。

そして、ゲームに深刻さはいらないわけです。
だって、あくまで遊びなんだから。

でも、せっかく遊ぶなら、真剣にやりたいですよね。

あとになにひとつ残らないとしても、
瞬間、瞬間を真剣に生きた方が、
いまの自分が心地よくいられます。

そして、心地よく生きていれば、
周りの人たちにとっても心地よい自分でいられます。

しみじみとした心地よさの中で瞬間瞬間を遊ぶように生きて、
最後には「ああ、たのしかった」と笑って死にたい。

「最後」がいつ来てもいいように、
私は、今日も、真剣に遊びます。

よい一日をお過ごしください◎