忘れたっていいじゃない

2017年7月27日

おはようございます。小出遥子です。

昨日、友人と「断捨離トーク」で盛り上がったので、
今日はその要点をまとめてシェアしたいと思います。

まず前提として、
私も、その友人も、「捨てる」ことが得意な人間です(笑)。
二人とも、「いや、それ、普通捨てないでしょ!」というようなものを
ガンガンに捨てて生きてきたという過去があります。

たとえば小・中・高の卒業アルバムとか……。
これは私の話です。
あれ、厚いし、重いし、場所取るし、
そもそも絶対に見返さないじゃないですか……。
だから数年前に一気に捨ててしまいました。
もしどうしても必要なときは、
同級生や母校に問い合わせればいいだけの話ですからね。

友人は、最近、これを上回る、
ある意味「非常識」な「捨て」を体験したそうなのですが、
なにを捨てたのかは、ちょっと、さすがに物議を醸しそうですし、
彼女のプライバシーに関わることなので、ここには書けません(笑)。

で、です。
こういうのって、決して単なる「捨て自慢」なんかじゃなくて。

「私たちは、どうしてこうも思い切った“捨て”ができるのか?」
「“捨て”が得意な人に共通する特性ってなんだろう?」
と考えてみたとき、ひとつ、浮かび上がってきた回答があって。

それは、

「忘れる」ことを恐れていない

ということ。

ものが捨てられない人たちって、
つまりは「思い出」を大事にする人たちだと思うんです。

「ものより思い出」って、車のCMでしたっけ?
なんかそんなコピーがありましたけれど、
でも、「思い出」って、「もの」を契機として浮かんできますよね。

だからこそ、「もの」を捨てると、
その「思い出」まで捨ててしまうような気がして、
そんなことできないよ……ってなっちゃうんだと思うんですね。

それはすごくやわらかくてやさしい感性だと思うし、
個人の価値観として尊重したいところではあります。

なので、以下は、あくまで私個人の考えだということで
お読みいただければさいわいです。

私は、「いまをしっかり生きていれば、必要なときに、
必要な分だけ、思い出にアクセスできる」と信じて生きています。

思い出す必要のあるなにかがあれば、
その時、その場で、絶対に思い出せるようになっているし、

思い出すことができないものは、
そもそも、いまの自分には必要のないものだったのだ、と。

「そうなんだろうな~」というレベルじゃなくて、
もはや、絶対的に、そう「確信」しているんです。

どんなことも、忘れていいんですよ。
瞬間ごとに、忘れていいんです。
自分にとって大切な記憶は、一度忘れても必ずよみがえりますから。

それに、私はもともと脳のメモリの容量が
極端に少ない人間だということもあるんですけれど(笑)
過去にまつわる物事を「忘れない」ことに力を注ぎすぎると、
いま、目の前で展開している、
一期一会のうつくしさを見逃しがちになってしまうんです。

それは、単純に、もったいないなあ、と。
いまは、いましかないのに、と。

いつかの記憶より、いまこの瞬間のかけがえのない出会いを大事にしたい。

心底そう思っている自分に気づいたとき、
「忘れる」ことへの抵抗感がふわっと消えていったのがわかりました。

こうして、私は、自他ともに認める「変態・断捨離女」となったのです……(笑)。

誰もにこうなって欲しいとは決して思わないけれど、
でも、この生き方は、間違いなく、軽やかですね。

そういう風に生きている人間もいるのか、と、
参考程度にお読みいただけたのならうれしいです。

今日も、いろいろ忘れていこう!(笑)

よい一日をお過ごしください◎