ストーリー、だけど

2016年10月7日

おはようございます。小出遥子です。

昨日は、お仕事で、秩父三十二番札所・法性寺さんにお邪魔させていただきました。
本堂、観音堂へのお参りを済ませたのち、
副住職の荒谷哲巨さんに導かれ、奥の院まで参拝させていただくことに。
切り立った岩場に鎖がかけられているような「難所」をいくつか超えていき……
最終的に、私、こんなところに立っていました……。

どーーーん。

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写真じゃ分かりづらいかもしれませんが、
正面左右、すべて、文字通りの「断崖絶壁」です。
万が一、足をすべらせたら、もう、確実に助かりません。

写真の私はずいぶんと涼しい顔をしていますが、
これを撮ってもらった次の瞬間、情けないことに急に怖くなって
その場にヘナヘナとしゃがみこんでしまいました……。

「怖い」と思わなければ怖くないし、
「怖い」と思うと怖くなるのですね。

当たり前ですが……。

「恐怖」というストーリーがその場に湧き起ってこなければ、
「落ちたらいのちはないぞ~!」
というような危険な場所に立っていたとしても、本人は恐怖とは無縁でいられるし、
逆に、まったくケガをする心配のないような、超安全な場所に立っていたとしても、
「怖い怖い」と震えていたら、本人にとって「恐怖」は真実なんですよね。

いや、ほんと、
「客観的な真実」なんて、実際はどこにもないんだよな~、と。

個々の人間として存在している限り、
その場その場でこの身の上に起きてくるストーリーを
「私の真実」として引き受けて生きていかなきゃならない。

ストーリーがストーリーであることを見抜いたところで、
ストーリーの生成が止んでしまうわけではないので。

でも、そのカラクリを、一度きっちり見抜いてしまえば、
それにいたずらに振り回されることは少なくなってはいきますよね。

仏教は、その可能性を示唆する教えだと思っています。
ものすごく、実際的だなあ、と感心してしまう。
ご縁をいただけてよかったです。

……とは言え、やっぱり怖いものは怖かったですけどね!(笑)
い、生きて帰ってこられてよかったよ~(号泣)

 

お読みくださってありがとうございました。

よい一日をお過ごしください。