ことば、なう。

2015年4月21日

「頭で分かることと、実際に動けることはまったく違うんだよ」

 

私のお茶の先生が何度も何度も繰り返しおっしゃっていることです。

 

私はまだ、お茶室にいても、「今日のお菓子はなんだろな~」とか、その程度のことしか考えていないペーペーで、

 

お点前の「お」の字にも触れていないような状況ですが、

 

周りの生徒さんたちは、みなさん、数年以上のキャリアをお持ちでいらっしゃいます。

 

みなさん、お点前の流れは一通り頭に入っているんですね。

 

他の人のお点前を見ながら、「順番違うよ」とか「もっと角度をこうした方がいい」とか、アドバイスをしてあげることもできる。

 

でも、いざ本人が炉の前に座ったとき、実際のお点前を完璧にできるかというと、なかなかそうもいかないようで……。

 

「おかしいな、頭ではわかっているんだけど……」

 

戸惑う生徒さんたちに、先生はニヤニヤと笑って、冒頭のことばを繰り返すのでした。

 

 

 

これ、日常生活でも実感することたくさんあります。

 

イメージはつかめる。

 

それを巧みにことばに置き換えて人に伝えることもできる。

 

でも、いざ実際にできるのか、というと「……。」となってしまうことだらけです。

 

 

 

私だって、ほら、こんなブログを毎日毎日更新してるもんだから、

 

「さぞ研ぎ澄まされた生活を送っていらっしゃるのでしょうねえ」

 

という風に勘違いされる方もたまにいらっしゃるようなのですが、

 

(そういったご感想をいただくのです)

 

いや~、もうね、これがなかなか、情けないことに、

 

いつなんどきでも、ここに書いているような生き方ができているかと問われると、

 

「あはは……」と笑ってごまかすしかないというか、

 

実際は「研ぎ澄まされた生活」とは真逆の方向に突っ走っていることも、多々あるんですぜ……というところで……。

 

 

 

いや、もちろん、私だって、少なくとも確かな実感があったというところでしか文字はつづっていません。

 

ほんとうのほんとうに「腑に落ちた」部分で、毎日の記事を書いているわけです。

 

いまだ頭だけの理解にとどまっているなにかは、ここには決して書かないように、気を付けてはいるんです。

 

だからと言って、「常に」完璧に腑に落ちた状態で行動しているのかと言ったら……

 

この場で地面に額をこすりつけて、読んでくださっているみなさまに全力でお詫びの言葉を申し上げたくなってしまう……

 

正直、そんな感じです。

 

ごめんなさい。

 

 

 

どんなに尊い気づきがあったとしても、その気づきを「いま」生きなきゃ、なんの意味もないんですね。

 

いくらことば巧みにそれを語っても、「いま」に体感が置かれていなければなんの説得力も持たないし、

 

それどころか、ことばだけが上滑りして、無用の誤解を量産してしまうことさえあるわけで。

 

 

 

いや、これ、ほんと、自分に向けて言っているんです。

 

「ふーん、今日はそんなこと書くんだ。で? あんたは“いま”そういう風に生きているわけ?」

 

超クールなもう一人の私が、PCに向かっている私にこんな風に問いかけます。

 

それに対して毎度毎度、自信を持って「はい!」と答えられるようなことだけを集めて書きつづっていきたい気持ちはありますが、

 

まあ、なかなかね、これが、本当に情けないところではあります……。

 

でも、せめて、「そう生きようとはしています」と答えられるレベルにまで自分を持っていった上でやっていかないと、

 

ことばを扱う資格をはく奪されてしまっても、文句は言えないですね。

 

 

 

「過去、こんな気づきがありました!」

 

というところからじゃなくて、

 

「いま、こんな気づきを生きています!」

 

というところから出たことばを、大切に使って生きていきたいものです。

 

大事なのは、いつだって、「いま」なのだから。

 

 

 

ことばはとても危ういものです。

 

でも、真っ暗闇にいる人間に、光の方向を指し示すのも、

 

また、ことばの役割だったりします。

 

私は、これからも、ことばを使って生きていきます。

 

 

 

精進します。

 

「いま」のことばを、使っていきます。