過去も未来もいまここから

2017年8月7日

おはようございます。小出遥子(こいではるこ)です。

今日も、ちょっと前にツイッターに書き込んだ内容を
膨らませてみたいと思います。
(ネタが見つからないときの常套手段!笑)

「過去→現在→未来」という時間の流れの中に自分がいるととらえているのか、
すべては「いま」の自分から広がっていくという風に時間をとらえているのか。
前者と後者とでは「人生」の質がまったく変わってくるなあ、と。

「時間」って面白いですよね。
「常識」とされている時間のとらえ方をチラッと疑っただけで
あっという間に不思議ワールドに迷い込んでしまう……。

「自分」も同じですね。

「時間」と「自分」というのは、身近なようでいて、
実は人類にとって最大の謎なんじゃないかな、と思っています。

で、今日は「時間」の話。

最近、私、気づいたんですよ。

「時間ない!」「余裕ない!」って焦っているときって、かならず、
無意識に「自分」を「過去→現在→未来」という不可逆の直線上に置いているんですね。

「時間の流れ」というものが「自分」とは別のものとして存在していて、
「自分」が「時間」に逆らうことは絶対にゆるされない……みたいな。

そういう中で生きていると、
まあ、簡単に言えば「落ち着けない」んですよね。
常になにかに追い立てられるようにして生きなきゃいけないわけですから。
まったく気が休まりません。

でも、もし、「時間」というものが、
かならずしも直線的に流れているわけではない、としたら?

というより、そもそも「時間」は「流れる」ものではなくて、
「いま」の「自分」から「広がっていく」ものなのだとしたら?

「過去」や「未来」って、いまここの自分の中にしかないんですよ。

いや、これ、決してぶっ飛んだ話じゃなくて。
単純な、事実です。

過ぎ去ったことを思って、
うれしくなったり、悲しくなったりしているのは、
まぎれもなく、「いま」の「自分」ですよね?

いまだ来たらぬことを思って、
わくわくしたり、そわそわしたりしているのは、
まぎれもなく、「いま」の「自分」ですよね?

「いま」の「自分」と離れて、
「過去」や「未来」が存在することはできませんよね?

「過去」も、「未来」も、「いま」の「自分」から広がっていて。
「時間の流れ」という物語すら、「いま」の「自分」から広がっていて。

そのことに思いをいたしてみると……
なんだか、果てしなく「自由」が広がっていく感じがしませんか?

なにが正しいとか正しくないとかいう話をしたいわけではありません。
でも、「時間ない!」「余裕ない!」と焦っているとき、
ふと、このことを思い出してみると、目の前の景色は変わっていくかもしれません。

気が向いたら、実験してみてくださいね。

もうすぐお盆休みという方も多いのかな。
今週もがんばりましょう。

よい一日をお過ごしください◎

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