自分の価値なめんな!

2017年8月19日

おはようございます。小出遥子(こいではるこ)です。

昨日、夜寝る前に、私、な~んかモヤッとしていたんです。

そのモヤッと感の大元にあるものはなにかな~と探ってみたら、
存在価値を他人に預けてしまっている自分の姿が見えてきました。

正直、驚きました。
まだそんな面倒くさい自分がいたのか! と。

一時期、集中的に向き合って、そんな自分とは
きっぱりとオサラバしたつもりだったんですけれどねえ。
なかなか、ヤツもしぶといですね(笑)。

まあ、いいです。
そんな自分も、また自分なので。

それに、面倒臭い自分が悪さをしはじめても、
その瞬間に気づいて「コラ!」と一喝してしまえば、
ヤツは即座におとなしくなることもわかっていますから。
都度、それを繰り返せばいいだけですね。

存在価値を他人に預けてしまっているとはどういうことかと言うと、
たとえば、

「あの人が〇〇と言ってくれたから」→「私には価値がある!」

とか、

「あの人が△△してくれたから」→「私は愛されている!」

とかね、

そういう風に、誰かやなにかの言葉や行動によって
自分自身の価値を計っている状態のことです。

割と無意識に陥ってしまいがちな状態だと思うんですけれど、
まあ、端的に言って、これ、疲れるんですよね。
こころがまったく休まらない。

そりゃあそうですよね。
他人は他人であって自分ではないのだから。
いつだって自分の希望通りの言動をとってくれるわけではない。
時にはそれと真反対なことをしてくれちゃうことだってある。

相手はそれを自分の自由としてやっているのだから、
こちらが文句をつける筋合いは、ほんとうは一切ありません。

じゃあ、どうすればいいのか?

簡単です。

自分の価値を他人に預けることをやめてしまえばいいんです。
そして、自分にはすでに不動の価値があることを思い出してしまえばいいんです。

……と言っても、修造先生のように、
「イケるイケるイケる! 自分、最高だ!!!」とか、
「遥子は価値のある子だよ!!!」とか(笑)
そんな風に、無理やり自分を鼓舞して、
その価値を認めることを勧めているわけではなくて。

ただ、この世に存在しているということは、
すでに、完全に、愛されているということとイコールである、と。
そのことを、ふっと、思い出せればいいんです。

この世に存在している時点で、
自分の価値は完全、完璧に認められているのだから、
それ以上、自分が愛されている証明を、
誰かやなにかに求めなくていいんです。

自分には不動の価値がある。
宇宙のすべては自分を愛している。

自分の価値なめんな!
宇宙の愛なめんな! ってことですね(笑)。

最初は信じられなくても、それを心において生きていると、
いつの間にか、誰かやなにかに自分の価値を預けなくなって、
どんどんどんどん、生きるのがたのしくなっていくので。

まあ、とは言え、
たま~に、「認めて~」「愛して~」の自分が出てくることもあるんですけれど、
そんなときは、上に書いているようなことを思い出せばいいだけですね。

ほんとうに、ただ、それだけなのだと思います。

よい一日をお過ごしください◎

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