アンパンマン、あたらしい顔よ~

2015年5月24日

「ようこちゃんは、毎日、あたらしい顔をしているね」

 

昨日、夫に言われたことです。笑

 

 

 

あたらしい顔……

 

あたらしい顔って……!!!

 

 

 

もう、完全にアンパンマンのイメージですね。笑

 

私、かなりの丸顔だしな~。

 

 

 

でも、まあ、とてもうれしかったですね。

 

そうか。私は、毎日あたらしい顔をしているのか。

 

他でもない、家族がそう言うのだから、間違いないのでしょう。

 

(あ、念のため、これ、化粧の様子が違う、とかそういう話とは趣が異なると思いますよ。私はズボラなので、いつも、ほぼすっぴんだし。笑)

 

 

 

 

毎日新鮮な目をもって私という存在を見てくれている人が、家族として側にいてくれることがありがたいし、

 

それに、毎日新鮮な顔で生きている、ということは毎日、毎時、毎瞬、「まったくあたらしく」「生まれ変わっている」という事実があると言えるわけであり、

 

その事実の存在自体が、なんというか、大いなる祝福だなあ、と思うのです。

 

すべてを「そのように」してくれている「なにか」の愛を感じないわけにはいかないというか。

 

 

 

まあ、そうは言ってもね、連続するストーリーとしての私、つまり幻想の私に執着してしまうときだってあります。

 

過去への不満や未来への不安に憑かれて、暗く、重苦しく、深刻になってしまうときだってあります。

 

ぜんぜん「あたらしい」顔が浮かべられないときだって大いにあります。

 

 

 

でも、そんなときだって、ほんとうは、

 

いつだって、誰だって、どこでだって、「あたらしい」のですよね。

 

この事実を受け入れようが、受けいれまいが、

 

ほんとうは、いつだって、誰だって、どこでだって、

 

「いま」「ここ」で、「まったくあたらしく」「生まれ変わっている」んです。

 

そうじゃない存在なんてないんです。

 

 

 

その事実を受けいれて生きていくか、

 

それとも目を背けていきていくか、

 

まあ、ほんとうに、どちらでもいいんです。

 

「良い」とか「悪い」とか、「正解」とか「不正解」とかはないので。

 

どのみち、そこから離れることはできないので。

 

いつだって、「そうなっている」があるだけなので。

 

祝福の手から逃れられる存在はないので。

 

 

 

でも、まあ、それならば、できるだけ気楽に生きていけたらいいですね、とは思いますけどね。

 

いや、まあ、気楽に生きなくてもいいんですけど。笑

 

 

 

結局、言いたいことは、「大丈夫」ということだけになるのかな……。

 

どう生きたって、「大丈夫」しかないんだよ、と。

 

 

 

あはは。なんかめちゃめちゃな感じになってしまいましたが、

 

浮かんでくることをそのまま書いてみました。

 

 

 

 

 

まったくあたらしく……

 

おはよう!