あんたが下手(したで)に出ただけでしょ

2017年9月3日

おはようございます。小出遥子(こいではるこ)です。

最近、つくづく思うのが、

「世界はそのまま自分自身の反映である」

ということ。

こういうのって、前々から話には聞いていたんですけれど、
どうも自分ごととして受け取り切れていないようなところがあったんです。

でもね、これ、ほんとうにほんとうのことだった。

たとえば、私、どうにもこうにも「上から目線」で
「教えてやろう」みたいな態度を取る人が苦手で。
そういう人と接する時間が、ほんとうにほんとうに苦痛で。

でも、苦手だ、苦痛だ、と思えば思うほど、
私の周りにはそういう人が集まってくるような気がして、
うーん、ちょっとこれはさすがに「偶然」じゃ済まされないぞ? と。

そう思ったときに、ハッと気づいたんです。

これ、私が無意識のうちに
下手(したで)に出ていた結果なんじゃないの? って。

「上から目線」な人たち、「教えてやろう」的な態度をとる人たちが、
私とは無関係に独立して存在しているわけではなくて、

ほかでもないこの私が、その人たちをして
「上から目線」で「教えてやろう」な人物にさせてしまっていたんじゃないの!?

私が、その人たちを、
「そういう人物」として見てしまっていただけなんじゃないの!? って。

いやあ……衝撃でしたね。

思い当たるフシ、ありまくりでしたもの。

なんか、ほんとうに、この自分と無関係に
「誰か」や「なにか」は存在しないのだなあ、と。

仏教で言う「縁起」ですね。

そういう意味で言えば、世界のすべて、
自分の責任の中にある、ということですね。

責任、とか言ってしまうと、少しことばが重いのですが。

でも、そう捉えることで、またひとつ肝が据わるというか、
ただただ「いまここ」を真剣に生きていこう、と思えるので。

「変えられるものは変えていく努力を、
変えられないものは受けいれる努力を」

とは、私の師匠のひとり、藤田一照さんのことばですが、
正しい方向での努力は、人生を豊かにすると思うんです。

自分が変われば、世界は変わる。

見ている世界に不満があるのなら、
まずは自分を観察するところから、ですね。

なんか、しみじみと、そう思います。

よい一日をお過ごしください◎

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