運命の人

2015年6月8日

バスの揺れ方で人生の意味が解った日曜日

 

でもさ 君は運命の人だから 強く手を握るよ

 

(スピッツ「運命の人」より)

 

 

 

 

 

昨日の日曜日の夕暮れどき、部屋の窓から目の前の川辺の様子をぼうっと眺めていたら、ふいに上記の歌詞が「わかった」ような気分になりました。

 

もともとスピッツは好きでよく聴いていていて、「運命の人」もかなり気に入っていたのですが、

 

(これ、1997年の曲ですって……。18年前かあ……。)

 

あらためて「うわ~。これ、こんな歌だったの!?」と。

 

 

 

いや、これ、随分軽薄な歌だと思っていたんです。

 

「人生の意味」とか「運命の人」とか、そんな簡単に口に出しちゃっていいの?

 

隣にいる子の手を握りたいだけの軽はずみな口説き文句でしょ、マサムネさんったら~、とか思っていました。

 

でも、そんな軽薄なマサムネさんに胸きゅんだ! 大好きだ! 結婚してください! とか思ってました。

 

……が。

 

すみません、軽薄なのは私の方でした……!

 

 

 

 

バスの揺れ方で人生の意味が解った日曜日

 

でもさ 君は運命の人だから 強く手を握るよ

 

 

 

キーとなるのは、2センテンスをつなぐ「でもさ」の存在。

 

ここにくるのは、「でもさ」以外にあり得ないんだろうな、と。

 

 

 

たぶん……あくまで「たぶん」ですが、

 

この歌の主人公は、バスに乗っているときに、「わかっちゃった」んだと思う。

 

完全に、完璧に、「わかっちゃった」んだと思う。

 

「人生に意味なんてない」ってことが。

 

と、同時に、

 

完全に、完璧に、同時に、

 

ありとあらゆる「意味」がぐわ~~~っと迫ってきて、

 

思わず、隣にいる「運命の人」の手を強く握ってしまったんだと思う。

 

 

 

すべて、意味なんかない。まったくない。

 

でも。だからこそ。

 

隣で生きるこの人は、「運命の人」だ。

 

強く手を握るべき、大切な人だ。

 

 

 

やっぱり、「でもさ」以外にありえないよ。

 

 

 

「意味なんかない」の底に見出される「意味」(とも呼べないもの)と言うの?

 

「空(くう)」を「空(くう)じ切った」ところに立ち現れる「空しさ以外のなにか」と言うの?

 

「ない」けど「ある」、「ない」からこそ「ある」、

 

「ない」と「ある」を超えたところに、ただ「在る」なにか、それだけが、

 

もう、ただただ、それだけが……

 

って、これ以上解説するのも野暮ってもんなので、いい加減やめますが、

 

まあ、たぶん、

 

「運命」って、

 

そういうものなんじゃないのかなあ……

 

なんて……

 

しみじみ……

 

 

 

……うん。もうやめますね。笑

 

百聞は一見(一聴!?)にしかず。

 

スピッツは公式でYou TubeにMVを上げているので、よろしければ、ぜひ。

 

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=AMWDAuPx26Q