「ただやる」ということ。

2015年6月11日

毎日毎日、

 

「小出遥子なんかいなかった!」

 

という、人生において一番大きな気づきをベースに、こういった文章を書いているわけですが、

 

そうすると、たまに、こんなお問い合わせをいただくんです。

 

 

 

「どうやったら“私はいない”ということに気づけますか?」

 

 

 

そのたびに、「うーん……」と黙り込んでしまいます。

 

だって、これって、決して答えることができない問いなんです。

 

なぜならそこに因果関係は存在しないから。

 

「小出遥子はいません」の世界には、「いま」「ここ」しかありません。

 

つまり時間と距離という概念がないんです。

 

時間と距離の概念がないから、因果関係も生まれようがない。

 

「○○したから△△になりました」と言えることがひとつもない世界のお話なんです。

 

 

 

いや、確かに、その気づきを得るに至るまでに、私もいろんなことをしましたよ。

 

我流ではあるけれど瞑想は数年間続けていたし、

 

呼吸法も習って日々の生活の中に取り入れていたし、

 

仏教をはじめとするいろんな精神系、思想系の本を、手当り次第に読むようなこともしていました。

 

日本全国、かなりの数のお寺も回りました。

 

でも、だからと言って、

 

「瞑想をしていたから」

 

「呼吸法を取り入れていたから」

 

「本をたくさん読んだから」

 

「お寺にたくさん行ったから」

 

「だから」最終的に気づきを得るに至ったんです!

 

いや、正確に言えば、

 

「小出遥子」がいないことに、「小出遥子」を超えたところにある「ほんとうの自分」が気づいたんです!

 

なんてことは、ひとつも言えなくて……。

 

 

 

これは、正直、ジレンマです。

 

「答え」を提示することはできても、そこに至るまでの道筋を案内することはできない……。

 

これって、随分、無責任なことなんじゃないのかな……と。

 

どうしたものかな……と思い悩んで、この間、ついに、私がとても信頼しているある方に、ズバリたずねてみたんです。

 

 

 

「すべては縁次第。“気づき”ですら、縁によって起こってくる。私自身、まったくの偶然によって、あるとき突然“気づき”を得るに至った。そこに、これ! と言えるような因果関係は存在しなかった。そうなってくると、“探求”って、どうなんでしょう? そこに意味はなくなってしまうのでは?」

 

 

 

すると、その方はおっしゃいました。

 

「なにかをやっている自分がいなくなることが“さとり”の瞬間。でも、“なにかをやっている自分”がいなくなるためには、“なにかをやっている自分”の存在が必要だよね? だから、もう、ただやるんだよ。それしかないんだよ。できるかできないか、じゃなくて、やるかやらないか。ただやるだけ。それだけでしょう。」

 

いや~、はっとしましたね。

 

ものすごくシンプルなお答えに、目からウロコがポロポロと!

 

 

 

“なにかをやっている自分”がいなくなるためには、“なにかをやっている自分”の存在が必要。

 

まったくもって、その通りなんですよね。

 

 

 

確かに、私自身を振り返っても、

 

瞑想も、呼吸も、読書も、「なにかを得たい!」という気持ちを動機として始めましたが、

 

やっているうちに、それが日常の中にしっくりと馴染むようになって、

 

それをすることが当たり前になってきて、いつしか「○○のために」が薄れてきて、

 

最終的にその目的志向が完全に消え去るような瞬間がやってきて、

 

と同時に、

 

「小出遥子なんかいなかった!」

 

という気づきの中にいたような気がします。

 

 

 

○○をすれば、△△という結果を得られます、ということはひとつも言えません。

 

気づきを求めてなにかをしたところで、必ずしも望み通りになるわけではなく……。

 

でも、そうは言っても、なにかをしないことには、求める気づきは、決してやってこないんですよね。

 

 

 

そうすると、人間にできるのは、「ただ、やる」ということ。それだけになってくる。

 

最初は「△△のために」やっていてもいい。

 

ただただそれをやっていく中で、自ずと、目的志向が抜け落ちることもあるでしょう。

 

「期待を手放す」ことすら考えないほどに、ただやる。やり続ける。

 

もう、それに尽きるのだろうな、と。

 

 

 

ただやる。やり続ける。

 

それだけ。

 

ほんとうに、それだけなんだろうな。

 

 

 

明確な答えにはならなかったかもしれませんが、なにかヒントになれば……。