世界に向けての自己紹介

2015年7月1日

自分の使い道を教えてくれるのは、自分以外の誰か。

 

これはこの世の真実だと思います。

 

いや、いつも書いているように、究極的には「私」も「あなた」もないわけですが、

 

でも、そうは言っても、現世で生きている限り、どうしたって、

 

「私」は、無数の「私以外の誰か」の中で、なにかをし続けなきゃいけないわけで。

 

で、どうせ「なにかをし続けなきゃいけない」のなら、

 

「私」というピースが「ぴたっ」とはまるようなところでやっていけたら、

 

自分も周りも「しあわせ」であるわけで。

 

目の前にあいた「私」の形をした空白に、自分自身を「ぴたっ」とあてはめた瞬間、

 

「なにか」をしている「私」が消えて、

 

とてつもなく大きな……それこそ、「私」個人の意識で生きているときには

 

想像することすらできなかったような、

 

果てしなく巨大な、たったひとつとしての「わたし」が立ち現れてくるのです。

 

この、「わたし」として生きていくことこそに、

 

「ほんとう」の「しあわせ」があるのだと思っています。

 

 

 

でも、「私」というピースがどんな形をしているのか、

 

それを自分で正確につかむことができる人というのは稀で。

 

たいていの場合は、「私って、こんな形かな~」とぼんやり思うぐらいで、

 

完全に正確に、たとえば「この部分は何センチ何ミリで、あちらはここよりもう数ミリ出っ張っていて……」とか、

 

そのレベルで「私」を知り抜いている人なんか、なかなかいなくて。

 

でも、それでいいんです。なんの問題もない。

 

だって、「私」の姿は、常に移り変わっていっているんです。

 

そもそも「私」を成り立たせている「私以外のなにか」すら、常に移り変わっているのだから、当然ですよね。

 

 

 

それならば、

 

「私の形はよくわからないけれど、でも、なんとなく、あっちの方向に、私を求めてくれるなにかがありそうだ」

 

というところを見出したら、あとはもう、毎瞬毎瞬、微妙に形を変えつつ、そっちに向かって歩いていくしかない。

 

鼻歌混じりでご機嫌な感じで歩いていたら、あるとき突然、

 

「あなたをずっと待っていたよ!」

 

と両手を広げて歓迎してくれる「誰か」に出会えたり……

 

もしくは、そんなダイレクトじゃなくても、

 

「あっちの方に、あなたを求めている誰かがいたよ! 行ってみたら?」

 

と教えてくれる「誰か」に巡り会ったり……

 

そういうことが起こってくるようになるんですよね。

 

で、気がついたら、「いま」の「私」を、一番良い形で受けいれてくれる「場所」で、

 

動いているものを、動いているままに、「ぴたっ」とあてはめて、

 

そこにとてつもなく巨大な「わたし」を見出していく……

 

そんなことが起きてくるんじゃないかなあ。

 

 

 

この、「方向を定めて歩き出す」っていうのは、

 

つまり、「自己表現」ということになると思うんです。

 

世界に向けての自己紹介、というべきかな。

 

どんなに恥ずかしくても、反応が恐ろしくても、とりあえず、

 

「どうやらいまの私は、こんな形をしているみたいですよ~」

 

と声をあげてみる。

 

どんなに未熟でもいいんです。

 

だって、そもそも「人間」に完成なんかない。

 

それは常に移り変わっているものだから。

 

いや、逆に言えば、毎瞬毎瞬、「完成」しているんです。

 

それ以上足すことも引くこともできないほどに、完全に、完璧に、「完成」している。

 

それは事実です。

 

そこを信じて、

 

「いまの私はこんなです。こんな私、どうですか?」

 

と、世界に問いかけ続ける。

 

それをしなかったら、誰も「私」を見つけ出してくれません。

 

逆に言えば、それさえすれば、誰かがかならず「私」を見つけてくれます。

 

かならず、です。

 

 

 

「世界に向けての自己紹介」の形は、いろいろあると思うんです。

 

歌を歌う人もいるだろうし、絵を描く人もいるだろうし、

 

料理をする人もいるだろうし、掃除をする人もいるだろうし、

 

毎日爽やかに挨拶をする人もいるだろうし、

 

毎日ブログを更新する人もいるだろうし……。笑

 

 

 

とにかく、「こっちかな?」と思うものが見えたら、そこから動き出すことだと思います。

 

恥ずかしがっていたって、怖がっていたって、多分、なにもはじまらない。

 

「私」を超えた「わたし」に出会いたいなら、まずは「私」が動かないと。

 

 

 

私も、動き続けます。

 

恥ずかしいし、おっかない。そんな気分はゼロではないけれど、動き続けます。

 

「仲間」に会いたいし、「わたし」に会いたいから。

 

ということで、今日も更新しました。笑

 

今日もお読みくださり、ありがとうございました。