「大乗」ということ

2017年10月3日

おはようございます。小出遥子(こいではるこ)です。

この世界はでっかい「うつわ」なんだ。うつわの中には、「わかる」も「わからない」も、「好き」も「嫌い」も、「美しい」も「醜い」も、「快」も「不快」もぜんぶまぜこぜに入っていて。「私」は、うつわの中に放り込まれているようでいて、実は、「わたし」こそがうつわそのもので……。

どんなに「私」が変わっても、決して変わることのない「わたし」。捨てて、捨てて、捨て切って、最後に残る「わたし」こそが、大きなうつわであり、神仏そのもの。

大きなうつわ。大きな乗り物。大きな蓮。大きな神さま、仏さま。

世界の中に「私」がいるわけじゃない。「わたし」こそが、世界なんだ。

上記、すべて、昨日の私のツイッターでのつぶやきからの引用です。

「私」と「わたし」。表記を分けていることにお気づきでしょうか?

このふたつって、別物なんですよ。

いや、別物という言葉は正確ではないですね。
なんというのかな……

私 ≦ わたし

なんですよね。
「私」と「わたし」は同じものではあるけれど、
「わたし」の方が大きいというか、範囲がでかいというか。
すべては「わたし」なので、範囲もなにもないのですが。

だから、ここで言う「わたし」は、肉体のこと(だけ)ではありません。
「たましいの乗り物」としての物質的ななにかのこと(だけ)ではありません。

じゃあ「何」なんだ!?
と聞かれても答えられません。

「すべて」です。

と答えるのが精一杯です。

「すべて」としての、大きなうつわ。大きな乗り物。
大きな蓮。大きな神さま、仏さま。

そこには、ほんとうに「すべて」があるんです。
「すべて」が、そのままの姿で、戯れているんです。

そのダンスは、ただ、ひたすらにうつくしくて……。

超抽象的なお話ですけれど、今日はここまでにしておきます(笑)。
抽象画ならぬ、抽象文。
たまにはこんなのも良いでしょう!(と自分に言い聞かせている)

なにか、お感じいただけたら、うれしいです。

よい一日をお過ごしください◎

 

次回「遥子の部屋」は10月6日(金)20時からです。

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