【一休】行く末に宿をそことも定めねば踏み迷うべき道もなきかな

2014年5月14日
イラスト:nihhiイラスト:nihhi

悩み深き凡夫である私は、つい先日も、自分の進むべき道が見えなくなって足が止まってしまいそうになっていました。すると、ある方から、こんなことばをいただいたのです。

「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)、生死即涅槃(しょうじそくねはん)。菩提、涅槃はどこか遠いところにあるのではなく、迷いの人生がそのまま菩提であり、涅槃である。私たちは、そういう生を生きているんですよ。」

はっ、としました。私は、いったいどこへ「向かおう」としていたのだろう、と。

「辿り着くべき場所」を無理やり設定しようとしていたから、「進むべき道」が分からなくなっていたんじゃないか。

自分が立っている場所すべて、そっくりそのまま“それ”なのだとしたら、「踏み迷うべき道もなきかな」ですね。

ああ……そうだった。そうでした。それは、まったき、事実なのでした。

肩の力が抜けました。と、同時に、一気に視野が広がりました。呼吸が深くなりました。こころの底から安心感に満たされました。

“それ”こそが、私の求めていた世界でした。

いや、修行の足りない私のことです。どうせ、またすぐに「どこか」や「なにか」を目指して「邁進します!」な自分に逆戻りしてしまうのでしょうけれど(すでに戻っている気もします……)、でも、そのたびごとに、このことばを思い出し、何度でも「いま」「ここ」に戻ってくればいいですね。

心強いなあ。

ありがとう、一休さん。

「ほぼ週刊彼岸寺門前だより」2015年5月3日発行号より転載)