「認める」ということ。

2015年8月30日

「相手を認める」ということが、昔よりも、少しは上手になってきたかな、と思う今日この頃です。

 

まあ、昔、あまりにも下手すぎた、っていうのも大いにあるのですが……。

 

でもね、こういう風に生きることができるようになって、なんせ楽になれたので。

 

今日はそのあたりのことを書いてみよう、と思います。

 

 

 

まず、断っておきたいのは、

 

「相手を認める」というのは、

 

「なんでもかんでも笑って許して受けいれる」ということと、

 

決してイコールではない、ということです。

 

そんなこと、私には絶対にできません。笑

 

嫌いなものは嫌いだし、むかつくものはむかつくし、

 

会いたくない人には、絶対に会いたくないです。

 

そりゃそうです。

 

人間だもの。

 

 

 

でも、そういったことができなくても、

 

なお、「相手を認める」ことはできるんです。

 

「相手を認める」というのは、とにかく、ものすごく単純に、

 

「相手の存在を認める」

 

ということです。

 

 

 

具体的に言えば、もし、目の前で、

 

「いや~、その考え方は、私には絶対的に合わないな~」

 

「そりゃ、さすがに、ないんじゃないの~?」

 

というようなことを相手が主張していたとしても、

 

それを言っている相手を否定したりはしない、ということ。

 

いや、もちろん、言っている内容について、

 

なにか意見しなきゃいけないときには、ちゃんとお伝えしますよ。

 

でも、意見を述べるのは、その「考え」に対してであって、

 

決して「相手」の存在そのものに対してではない、

 

というところがポイントです。

 

そして、意見を伝えた結果、相手が自分の考えを変えても変えなくても、

 

そこには頓着しない、ということも大切かなあ、と。

 

 

 

だって、「自分」も、「自分の考え」も、「相手」も、「相手の考え」も、

 

すべて、縁起の一瞬の結節点にしか過ぎなくて。

 

いつ何時、いままであった姿とは180度違うものに変容するかなんて、誰にもわからないわけです。

 

 

 

私たちは、誰だって、縁起のネットワークの中に、どうしようもなく組み込まれた存在です。

 

そういう意味で、「自分」と「相手」との間に「差」なんか一切ありません。

 

 

 

この理解が身の内に深く浸みこんでいくと、

 

「相手」の存在と、「相手」を取り巻く状況を、

 

そのまま「認める」ことができるようになります。

 

 

 

すると、

 

「あ、そうなんだ。ふ~ん。そうか。あなたはそう考えるのね。なるほどね。でも、いまの私には、ちょっとそれに賛成することはできないな。だから、このことに関しては、あなたと足並みはそろえられない。でも、あなたがその考えを大事なものとして持っているのなら、私はそれを尊重します。理解することはできなくても、尊重することはできるから。うん、そうだね。いつか、これに対して、分かり合える日がくるといいね。来なくてもいいけれど。どちらでもいいけれど(笑) まあ、人間は変わるものだからね。いつなにがどうなっていくかなんて、誰も分からないからね。でも、それまでは、あえて、無理に顔を合わせるようなことはしなくてもいいよね。違う意見の人と一緒にいても、お互いにストレスになるだけだもものね。あなたも、そう思うでしょう? ただ、こういうご縁だった、っていうことで、これ以上にはごちゃごちゃさせず、今回は、できるだけ機嫌良く離れましょう。でも、あなたの健康はいつでも祈っています。どうか、元気でいてね! 会えてよかった! ありがとう!」

 

……と、まあ、こういうことを、爽やかに伝えられるようになる。

 

あえて伝えなくても、こういう態度を自分の中にびしっと持って、

 

そうした上で、目の前の刻々の事態に軽やかに対応できるようになる。

 

これは、とても楽です。

 

自分にとっても。そして、たぶん、相手にとっても。

 

 

 

すべての存在を、力むことなく、ただただ、認める。

 

表面上の「違い」によって距離を置くことはあっても、

 

相手の「生」そのものを否定することはしない。

 

 

 

それができると、今度は、

 

「自分」の「生」をそのまま認めることができるようになるんですよね。

 

 

 

なぜなら、ほんとうは、

 

「私」は「あなた」だし、「あなた」は「私」だからです。

 

 

 

 

 

軽やかに、爽やかに、互いの「生」を認め合って、

 

できるだけやさしい気持ちで生きていけたらいいですね。

 

 

 

よき日を。