「ジャッジを手放す」のほんとうの意味

2017年11月18日

おはようございます。小出遥子(こいではるこ)です。

「ジャッジを手放しなさい」っていろんなところで聞くけど、これを私流に解釈すると、「(ジャッジを手放せない自分に対する)ジャッジを手放しなさい」という意味になる。括弧でくくられた部分を切り捨てないことが大事なんだ。

一切のジャッジを手放すなんて無理だもん。人間をやっている以上、常になにかをジャッジし続ける。それはあまりにも当たり前のことで、なにも悪いことじゃない。「またジャッジしちゃった……」って自分を責めることの方がよっぽど毒になる。どうあっても、まずは自分をゆるしてあげないと。

ジャッジって、自分でしているものじゃないんですよね。
誰かや何かをジャッジしてしまう気持ちって、
どうしようもなく向こうからやってきてしまう。

その証拠に「ジャッジなんかしたくない!」と思っても、
そう簡単にやめられないでしょう。

やめようと思ってやめられるなら、とっくの昔にやめている。
でも、どうしてもやめられない。
どんなに努力しても完全に手放すことなんか無理。

それなら、もう、
そこには人間の意志を超えたものがはたらいている、
と考えてしまってもバチは当たらないのでは!?

誰かやなにかをジャッジする気持ちすら、
縁の中でおのずから湧き上がってきてしまうもの。

その事実をまずはしっかり認めてしまった方がいいと思う。
少なくとも、最初の段階では。

ジャッジという行為そのものが悪いわけじゃなくて、
それを悪いと決めつける自分のこころが苦しみを生みだしている。

苦しくなく生きていきたいなら、
苦しみを抱えてしまった自分を抱きしめてあげること。
苦しみを抱えてしまった自分に、
「いいよ」「大丈夫だよ」って言ってあげること。
苦しみを抱えてしまった自分をゆるしてあげること。

周りをゆるす前に、自分をゆるそう。
自分をゆるせない人が、周りをゆるせるはずがない。

これ、ぜんぶ自分に言っています。
私も、どうしても「自分不在」になりがちな人間だから。

自分不在のままだと、なにをしても、誰といても、
いつまでたっても満たされない。

自分の穴は、自分で埋める。
自分は、いちばん身近で、いちばん大切にすべき「他者」。
しっかり、愛してあげないと。

ほんとうに、そう思っています。

今日もお読みくださってありがとうございます。
よい一日をお過ごしください◎

 

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