「いまを生きる」ということ。

2015年8月31日

いまを生きましょう!

 

 

 

……みたいなスローガン、いろんなところで見かけますよね。

 

私もよく言いますし。

 

 

 

でも、ここで言う「いま」の意味って、

 

実は、あんまり深く掘り下げられないままに、

 

発信されたり、受信されたりしているんじゃないかなあ……と。

 

 

 

 

 

先日も同じようなことを書きましたが、

 

 

 

「いま」って、時間の流れの中にあるわけじゃないんです。

 

「いま」の中に、時間の流れ(に見えるもの)があるんです。

 

 

 

ここのところ、「◎◎の一つ覚え」のようにして繰り返していますが(笑)

 

すべては「縁」によって、

 

瞬間ごとに、

 

生じては滅し、滅しては生じ、

 

かつ消え、かつ結びて、

 

ひさしくとどまりたるためしなし、

 

なんですよね。

 

ほんとうに、「すべて」は、一瞬のあらわれに過ぎないんです。

 

そして、それが起こっている舞台が、

 

「いま」である、と。

 

 

 

「過去は確実にあるよ!」と思うのなら、

 

「過去は確実にある」という思考が、

 

「いま」湧いているだけ。

 

「未来はここと地続きだよ!」と思うのなら、

 

「未来はここと地続きだ」という思考が、

 

「いま」湧いているだけ。

 

 

 

すべて、「いま」起こっていることなんですね。

 

 

 

 

 

そういう意味で、「いま」には無限の広がりがあります。

 

この「いま」には、過去も、未来も、私も、あなたも、右も、左も、上も、下も、

 

ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ!

 

文字通り「すべて」が、入っているんです。

 

 

 

でも、

 

過去→いま→未来

 

という風に、時間の流れの中に「いま」というものを置いてしまうと、

 

それは、一切の広がりを持たない、窮屈で息苦しい、

 

たったひとつの点に過ぎないものになってしまう……。

 

 

 

 

 

ほんとうの意味で「いま」を生きるっていうのは、

 

 

 

いま! いま! いま! いま!

 

過去も未来も幻想!

 

この瞬間しかない!

 

いま、この瞬間に集中するんだ!!!

 

 

 

って力むことなんかじゃなくて、

 

 

 

無限の広がりを持つ「いま」に、

 

自分自身を開いていこうとすること。

 

 

 

なんじゃないかなあ。

 

 

 

「過去」も「未来」も排除しないあり方、というか。

 

 

 

「過去」や「未来」をも含めたあらゆるすべてを浮かべている「いま」こそが、

 

「自分」のほんとうの姿。

 

 

 

それを自覚した上で、

 

一切の「力み」を手放して、

 

ただただ「いま」あるすべてと、ともにあろうとすること。

 

 

 

それが、

 

「いま」を生きること

 

なんじゃないかな、と。

 

 

 

 

 

 

 

ゆるんで、ひらいて、くつろいで。

 

ただただ、「いま」を生きていこう。

 

 

 

よき日を!