つながりなんか求めなくていい

2017年11月20日

おはようございます。小出遥子(こいではるこ)です。

人間って、そもそもつながりの中に生かされているわけです。
逆に言えば、つながりのないところに人間は存在できないんです。

よく聞く話だけど、人と人との間に存在するからこそ、
つまり、関係性の中にしか存在できないからこそ、
人間は、「人」「間」と書くわけで。

私たちひとりひとりの存在の大前提に「つながり」がある。
私たち、もともと絶対的に「つながって」存在しているんですよ。

その事実にどっしりと足を着けてみれば、
「互いに理解し合える」ことに、ことさらに重きを置かなくなる。

いや、もちろん、「わかり合えた!」という瞬間はうつくしいものです。
その価値を否定しているわけではありません。

でも、だからと言って、理解し合えない誰かと出会ったときに、
相手や自分を責める必要はまったくなくて。

そもそも、大元でつながっていない人には、
ぜったいに出会えないようにできていると思うんですよ。
スピリチュアルストーリーとかじゃなくて、
世界の根本の仕組みというか、あり方として、そうなっているから。

だから、もう、友人なり恋人なり家族なり職場の人なり、
自分以外の誰かと一緒にいるときは、
「私とこの人は大元でしっかりつながっている」
という事実を自分の中心にしっかりと据えて、
無理やりつながろうとする意識を追い払って、
その上で、理解し合える部分をよろこびあって、
理解し合えない部分に関してはたのしく学び合って、
そうやって、軽く、でも深く、
付き合っていければいいんじゃないですかねえ。

2017年6月24日のブログより)

少し前のブログを引用してみましたが、
うーん、小出遥子さん、いいこと言いますねえ(笑)。

ほんと、最近、ますます思うんです。
「わかり合えない」こと、「理解し合えない」ことを、
必要以上に恐れることもないんだなあ、って。

だって、自分と相手は、すでに絶対的なつながりの中にあるわけです。
それだけで十分。そこに生まれるものを、ただ味わっていればOKで。

つながりは、すべての母体です。

つながっているからこそ、「わかり合えた!」というよろこびも生まれるし、
逆に、つながっているからこそ、「わかり合えない……」というかなしみも生まれる。

そもそもなんのつながりもないところには、どんな感情だって生まれませんからね。

人間関係の中で生まれる、ありとあらゆる感情は、
そのまま大きなつながり、大きな「愛」からのギフトです。

なにが良くて、なにが悪いという話じゃない。
すべては、ただ、「味わう」ために与えられるのだと思います。

どうせ最後には大きなつながりの中に還っていくんです。
「つながりたい」のに「つながれない」という葛藤、つまりは勘違い(笑)は、
生きているうちにしか味わえない。
せいぜい味わい尽くして、「人間、やり切ったよ!」と言って、笑ってこの世を離れたいな。
私は、そんな風に思います。

今日もお読みくださってありがとうございます。
よい一日をお過ごしください◎

 

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