自分の健康ぐらい……

2015年10月3日

「健康」とひとくちに言っても、人それぞれ定義は違うよな~と思います。

 

健康診断でどこにも悪い数値が見つからないことを健康と呼ぶ人もいるだろうし、

 

風邪をひかないことを健康と呼ぶ人もいるだろうし、

 

一日三食もりもり食べて、しっかり運動をして、夜になったらきっちり眠る、

 

そういう生活を送ることを健康と呼ぶ人もいるでしょう。

 

 

 

いま挙げたようなものは、まあ、「一般的」な健康の定義ですよね。

 

でも、そこから考えてみると、私の思うそれっていうのは、

 

もしかしたらちょっと(かなり?)ずれているのかもなあ……と。

 

 

 

私の思う健康っていうのは、

 

そうだな……

 

いつだって「大丈夫」がおなかの底にどっしりと横たわっている状態、

 

というのが近いかなあ。

 

「なにがあっても大丈夫」という揺るぎない確信が、

 

おなかの下の方(たぶん子宮のあるあたり)に「どーん」とあって、

 

それが発熱&発光して、全身をあたためてくれている状態、というか……。

 

 

 

この状態で生きていると、だいたい「わけもなくしあわせ」でいられます。

 

「しあわせ」の源といつだってつながっていられる、というか、

 

わたし自体がしあわせの源、というか……。

 

 

 

「つながり」ということで言えば、

 

いつだってすべてとつながっている、ということが、

 

理屈を超えたところからわかっている、

 

だから、つながりのビジョンの元に行動できる、

 

というのも、私の中の「健康」の定義にあてはまりますね。

 

 

 

まあ、いろいろ並べましたが、これ、実はぜんぶ源は同じですよね。

 

そう、

 

「“私”はいない」「すべては“わたし”」

 

ってやつです。

 

(またコレか!)

 

 

 

つまり、まとめてしまえば、

 

私の思う「健康」っていうのは、

 

「“私”はいない」「すべては“わたし”」という真実を、直に生きている状態、

 

ということになるでしょうか。

 

 

 

で、です。

 

私も、いろんな「健康法」的なことをやっているのですが……

 

たとえば毎日朝4時に起きてみたり、起き抜けに白湯を飲んでみたり、

 

一日一食だったり、肉を(ほとんど)食べなかったり、

 

大豆食品&発酵食品ラブだったり、

 

20分以上の半身浴を欠かさず行ったり、

 

靴下を重ねて足元を冷やさないようにしてみたり……

 

あ、あと、瞑想もそうか。あとは……念仏も……?(笑)

 

まあ、これらは、もはや、私にとってごくごく当たり前の生活習慣になっているので、

 

最近では「健康法」という意識もないままに続けているのですが、

 

でも、よくよく考えてみたら、やっぱり、こういうのもぜんぶ、

 

上に挙げたような「健康」につながるものですよね。

 

というか、最初に「私の思う健康な状態」っていうのを想定して、

 

そこから逆算していったら、自然とこういう生活になっていった……

 

というのが正確なところで。

 

 

 

もちろん、私みたいなストイック(?)な生活をしなくても、

 

「“私”はいない」「すべては“わたし”」という真実を

 

直に生きていらっしゃる方はたくさんいらっしゃるのでしょうけれど、

 

でも、私にとっては、こういう生活を送った方が、

 

「そこ」につながりやすいというか、

 

「そこ」とつながっていやすいというか……。

 

まあ、ただそれだけですね。

 

それだけだけど、楽しいですね。こういう生活も。

 

 

 

自分が心底ここちよく生きていける状態が保たれていることを「健康」と呼ぶのなら、

 

まずは、「自分が心底ここちよく生きていける状態」が

 

そもそもどういうものであるのかを、しっかり知ることなんじゃないかなあ、と。

 

それがあやふやなままに、「話題の健康法」に飛びついても、

 

得るものは少ないんじゃないかなあ……なんて。

 

 

 

偉大な先人たちも、こんなことばを遺しています。

 

 

健康はいつも自分の心が決める (み●を)

 

自分の健康ぐらい 自分で守れ ばかものよ (茨木の●子)

 

 

……すみません。悪ノリが過ぎました。

 

 

 

 

 

 

 

今日も、健やかに生きていこう。

 

よき日をお過ごしください。