ほんとうのしあわせ

2015年10月12日

ほんとうのしあわせっていうのは、

 

実は、ものすごくしみじみとしたものなんですよね。

 

 

 

遊園地を例にとるならば、

 

ジェットコースターに乗っているときのスリル満点のドキドキ感とか、

 

メリーゴーランドに乗っているときのほのぼのした楽しさとか、

 

お化け屋敷から無事に出てきたときの心底ほっとした感じとか、

 

そういうのばかりが「しあわせ」というわけじゃない。

 

 

 

というか、そういうのは一時的な感情の動きに過ぎなくて……。

 

いや、もちろん、「ドキドキ!」とか「楽しい!」とか「良かった~!」とかだって、

 

ほんとうに、ものすご~く大事な要素だし、

 

私だって、

 

そういったものの一切ない人生なんてまっぴらだ! ごめんこうむりたい!

 

とは思うのですが、

 

でも、それだけを「しあわせ」だと思い込んで、

 

それらを必死で追い求め続けたところで、

 

あとに残るのは、ぐったりとした疲労感と、

 

「あれ、私、なにしてたんだっけ……?」という空虚感だけ……

 

という、さみしい結果に終わりかねないんですね。

 

 

 

「ドキドキ!」とか「楽しい!」とか「良かった~!」とかは、

 

ぜんぶ「過ぎ去っていくもの」なんです。

 

いや、「過ぎ去っていくもの」だからこそ、

 

瞬間瞬間のうつくしさを味わえる、っていうのはありますよ。

 

でも、なんだろうな……

 

その背後にある、こう、とにかく「しみじみ」とした、

 

それこそ絶対に揺るがないような「しあわせ」だって、

 

ほんとうは、味わうこともできるんだよ、というところで。

 

そして、そちらにこそ、真実、追い求め続けていた満足があるんじゃないかな、って。

 

 

 

その「しあわせ」っていうのは、

 

たとえるなら、

 

広大な遊園地の敷地のど真ん中に置かれたイスにゆったりと腰かけて、

 

ジェットコースターを楽しむ人、

 

メリーゴーランドを楽しむ人、

 

お化け屋敷を楽しむ人、

 

それらのアトラクションの列に並ぶ人、

 

仲の良さそうな家族連れ、

 

ケンカ中のカップル、

 

園内を掃除して回るスタッフさん、

 

簡易スタンドでソフトクリームを売るパートのおばちゃん、

 

空を飛ぶ鳩、

 

その背後に広がる青空、

 

そこに浮かぶ雲、

 

そして太陽……

 

それらすべてを、

 

どこにも感情移入せずに、

 

完全に、完璧に、

 

フラットな目として、

 

ただただ、大きな愛をもって、

 

というか、大きな愛そのものとして、

 

しみじみと眺め続けている……

 

そんな感じかな。

 

 

 

あはは! 地味ですね。

 

ご隠居さんですか? っていう。笑

 

でも、この「しあわせ」は、決して揺るがない。

 

時間の経過や他人によって奪われることがない。

 

だって、「そこ」には、時間や他人は存在しないのだから。

 

 

 

消えることのないしあわせ。

 

これ以上のしあわせってあるかな。

 

 

 

 

 

 

 

今日も、しみじみ、生きていこう。