対話は「起きてくる」。

2016年10月21日

おはようございます。小出遥子です。

私は、主に、誰かのお話を聞いて、それを記事にまとめる、
というのをお仕事にしているのですが、
最近になって、逆の立場も経験させてもらうようになり……。

そうなって、あらためて、
「インタビュー」や「ダイアローグ」という営為の
面白さ、奥深さに気づかせてもらっています。

お話って、決して自分ひとりでするものじゃないんですね。
当たり前だけど。
かならず、相手がいて、そこに対話が起きてくる。

そう、それは「起きてくる」ものなんですよね。
決して「する」ものじゃなくて。

昨日も、私が尊敬してやまないインタビュアーの方に
お話を聞いていただく、という幸運に恵まれたのですが、
その1時間半のあいだ、私は、ただの一回だって、
「自分」の力で、ことばを紡ぐことがなかったなあ、と。

お話は、完全に、二人のあいだで「起きていた」。
いや、もっと正確に言えば、
すべてのご縁の中で、ごく自然に「起きていた」。

あえて私がなにかをしたと言うのなら、
ご縁の中でごくごく勝手に浮かび上がっては消えていくことばたちを、
そのままのかたちで見つめることだけ、ただそれだけだったなあ、と。

本気で、そんなことを思うんです。

ほんとうに、ありがたい機会でした。
Kさん、ありがとうございました。

私がやっているTempleも「対話」をメインに据えていますが、
正直、そこで話されていることの内容はどうでもいいんですよね。
まあ、どうでもいいという言い方は強すぎるかもしれないけれど、
でも、Templeは決してことばでなにかを理解するためのイベントではないので。

お寺の本堂という空間で、「なにものでもないもの」同士、
「いのち」を真ん中において顔を合わせてみたとき、
そこでいったいどんな対話が「起きてくる」のか、
どんな感覚が「生まれてくる」のか、
それをただただ眺めてみよう、
そして、そこにくつろいでみよう、と。

Templeというのは、そういう場です。

そういう場が、現代には必要なんじゃないかな、って。

もしご興味があれば、ぜひお気軽に遊びにいらしてくださいね。
次回は来週月曜日、東京の神谷町光明寺で開催します。
まだお席ありますよ~。

詳しくはコチラをご覧ください。
http://temple-web.net/event/17/

 

秋晴れが続いていますね。

よい一日をお過ごしください◎