「気の集注」のこと。

2016年10月23日

おはようございます。小出遥子です。

昨日は藤田一照さんの塾、
「仏教的人生学科・一照研究室」の、
2016年の後期第二回目の講義でした。

今回の一照さんのお話のメインテーマのひとつに
「気の集注」(集中ではなく、集注)というものがありまして、
大変興味深く講義を聴いていたのですが……。

夜、布団に入る段になって、
「あれ、なんだかうまく眠れないな」と。
「からだは疲れているのに、あたまがはたらいているな」と。
もっと言えば、
「あたまに血と気が上って、下りてこられなくなっているな」と。
(東洋医学では、血と気は同時に巡ると考えられているようです。)

それで、ふと、日中の一照さんのお話を思い出しまして。
からだを横たえた状態のまま、
両の手のひらを重ねて、おへその下あたりにそっと置いてみたんですね。

で、手のひらのあたたかさを感じながら、
魔法のことばである「おなかが本体、あたまは飾り……」を
念じるともなく念じて、息を長く吐き出しながら、
ごくごく自然に下腹部に気が集まってくるのを感じていたら……

いつのまにやら眠りの世界の住人になっていました。

単純だな~(笑)。
でも、「自然」は、いつだってシンプルすぎるほどにシンプルですね。

あ、そうそう。
ここで重要なのは、
「(むりやり)気を集める」のではなく、
「気が(おのずから)集まってくる」のを、
ただ、感じる、というところです。

人間が小賢しく考えて手出しをする以前に、
すべては、おのずから、完全、完璧にととのっている。

そのことがわかれば、人間、大きな安心に包まれますよね。
いちばん大事なのは、実はその点にあると思うんです。

ほんとうはいつだって、絶対的な安心の中にあることを、
ひとりひとりが、思い出せたらいいな。

切に、願っています。

……ということで、あたまに血と気が上ってしまったときには、
上記の方法をお試しいただくのがオススメですよ。

 

よい一日をお過ごしください◎