「あの経験が私に対して過ぎ去って再び還らないのなら……」 Part.1

2016年3月2日

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大峯:小林秀雄さんが昔書いていたけど、世の中のものは全部移り変わると、人生は無常だと誰でも言う、けれど人生はいったい何に対して移り変わるのかと。

 

池田:「あの経験が私に対して過ぎ去って再び還らないのなら、私の一生という私の経験の総和は何に対して過ぎ去るのだろう」

 

大峯:人生がそれに対して移り変わるところのもの、移り変わらないものがどこかにないと、移るということも言えないのではないか。これは現代人が一番忘れているものだと思います。

 

 

 

(『君自身に還れ 知と信を巡る対話』 大峯顕・池田晶子=著 本願寺出版社=刊 より抜粋)

 

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「あの経験が私に対して過ぎ去って再び還らないのなら、私の一生という私の経験の総和は何に対して過ぎ去るのだろう」

 

……ほんとうに、そうですよね。

 

いったい、この私の一生というのは、

 

「なに」に対して過ぎ去るんだろう?

 

 

 

つい先日も、村上春樹さんの文章と、

 

『方丈記』の冒頭部分を引用して、

 

同じようなことを書きましたが……

 

 

 

「あの経験が私に対して過ぎ去って再び還らないのなら、私の一生という私の経験の総和は何に対して過ぎ去るのだろう」

 

 

 

あ、思わずもう一回引用しちゃった……(笑)

 

 

 

これは、根源的な問いかけですよ。

 

小林秀雄さん……クールだ……。

 

(って、こういうの「孫引き」っていうんだっけ?

 

やっちゃいけないことなんだっけ???)

 

 

 

「あの経験が私に対して過ぎ去って再び還らないのなら、私の一生という私の経験の総和は何に対して過ぎ去るのだろう」

 

(三回目)

 

 

 

これ、みなさんならどうお答えになりますか?

 

 

 

……せっかくだから、今日はこの疑問を提示するだけでおしまいにしよう。

 

もしよろしければ、ちょっと、自分自身に問うてみてください。

 

 

 

「あの経験が私に対して過ぎ去って再び還らないのなら、私の一生という私の経験の総和は何に対して過ぎ去るのだろう」

 

(四回目)

 

 

 

私の見解(というほど立派なものでもないけれど……)は、

 

また明日、まとめてみますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肌を刺す冷気が心地よい東京の今朝です。

 

よい一日をお過ごしください◎