「まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」

2016年3月4日

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「わたし、北風の国のオーロラ(北極光)のことを考えてたのよ。あれがほんとにあるのか、あるように見えるだけなのか、あんた知ってる?

 

ものごとってものは、みんな、とてもあいまいなものよ。まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」

 

(中略)

 

「雪って、つめたいと思うでしょ。だけど、雪小屋をこしらえて住むと、ずいぶんあったかいのよ。雪って、白いと思うでしょ。ところが、ときにはピンク色に見えるし、また青い色になるときもあるわ。どんなものよりやわらかいかと思うと、石よりもかたくなるしさ。なにもかも、たしかじゃないのね」

 

 

 

(『ムーミン谷の冬』 ヤンソン=著 山室静=訳 講談社文庫 より抜粋)

 

 

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私の田舎の実家は、数年前に建て替えて

 

ピカピカに、さらに頑丈に生まれ変わったのですが、

 

私は、いまでも時折、リフォーム前の「旧実家」を、

 

生々しく夢に見ることがあるのです。

 

 

 

夢の中で、私たち家族は、

 

あの頃とまったく変わらずに生活をしていて……

 

 

 

夢から覚めたあとは、

 

いつだって少し「ぽかん」としてしまいます。

 

 

 

あの、風が吹くたびガタガタ揺れるオンボロなおうちが、

 

そしてあの頃の家族の風景が、

 

もう決して「実在」しないということが、

 

まったく上手に呑み込めなくて。

 

 

 

あの家は、もう、ない。

 

あの風景だって、もう過去のもの。

 

でも、あの家や、あの風景の記憶に浸(ひた)されて

 

切なくきしむ胸の奥の痛みは、

 

間違いなく、ここに、ある。

 

 

 

いまここに「ある」ものと「ない」ものとの境界線が

 

ぐにゃぐにゃと波打って、

 

すべてをあいまいにしてしまうのです。

 

 

 

私たちは、いったい、なにをもって

 

「ある」とか「ない」とかを

 

決めているんだろう。

 

 

 

ほんとうのところ、それは、

 

人間には、決して線引きのできない種類のものなのではないかな。

 

無理に線引きをしようとするから、

 

苦しくなっちゃうんじゃないのかな。

 

 

 

「ものごとってものは、みんな、とてもあいまいなものよ」

 

「なにもかも、たしかじゃないのね」

 

 

 

「まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいまい」という野を、ただただ歩いていこう。

 

 

 

よい一日を◎