「仏」が笑って、「仏」が泣いて

2016年3月6日

うれしくなったら頬がゆるむ。

 

かなしくなったら涙が出る。

 

 

 

暑いところで汗が噴き出る。

 

寒いところで身が縮こまる。

 

 

 

眠たくなったら床に就く。

 

眠りが足りたら起き上がる。

 

 

 

どうしてすべてはこんな風になっているんだろう?

 

どうしてこんなことが可能なんだろう?

 

「私」はなにもしていないのに。

 

 

 

頬をゆるめるのも、

 

涙や汗を流すのも、

 

身を縮こまらせるのも、

 

寝たり起きたりするのも、

 

ぜんぶ、「私」不在のままに、

 

ごくごく勝手に起きてくること。

 

 

 

言い換えるのなら……

 

そう。

 

ぜんぶ、「仏」がやっていること。

 

 

 

「仏」が笑って、「仏」が泣いて、

 

「仏」が汗を流して、「仏」が身を縮こまらせて、

 

「仏」が眠りに就いて、「仏」が眠りから覚めて……

 

 

 

「私」のいのちを生きることは、

 

「仏」のいのちを生きること。

 

 

 

ううん。違うな。

 

「仏」のいのちが、そのまま「私」のいのちなんだ。

 

「仏」のいのちが、「私」を生きているんだ。

 

 

 

すごいすごい。

 

こんなにすごいことって、ないよ。

 

 

 

ありがとう。

 

主体も客体もなく、ありがとう。

 

 

 

ほんとうに、もう、それだけだなあ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もあたたかくなりそうですね。

 

よい日曜日を◎