お差支え無し。ご注文なし。

2016年3月10日

「お差支え無し。ご注文なし。」とは、

 

妙好人・三河のおそのさんのことばとして伝わるものですが、

 

いやー……

 

これ、ほんとうに、「ほんとう」のことばだなあ、と……。

 

 

 

昨日も、「探求」のエネルギーは別に悪いものじゃない、

 

みたいな記事を書きましたが、

 

ほんとにね、

 

ほんとうのほんとうのほんとうのところでは、

 

この世に「あってはいけない」ものなんて、

 

ひとつたりとも、存在しないんですね。

 

 

 

ほんとうに、

 

なにひとつ、存在を否定されるべきものなんてなくて。

 

すべては、現に、“いまここ”にあらわれちゃっているのだから。

 

 

 

「あらわれちゃっている」ということは、

 

その存在を「ゆるされている」ということで。

 

 

 

ゆるされている?

 

誰に?

 

「仏」に。

 

「神」に。

 

「縁」に。

 

「宇宙」に。

 

「愛」に。

 

それらのことばをもってしか、

 

いや、それらのことばをもってしても、

 

決して言いあらわすことのできない「なにか」に。

 

 

 

“いまここ”に、そのようにあらわれちゃっているすべて、

 

存在まるごと、

 

「仏」や「神」や「縁」や「宇宙」や「愛」にゆるされているし、

 

そして、それらはそのまま、

 

「仏」や「神」や「縁」や「宇宙」や「愛」そのものでもある。

 

 

 

自我? 煩悩?

 

過去への後悔? 未来への不安?

 

醜い感情? おぞましい考え?

 

ぜんぶOK。まるごとOK。

 

すべて、まぎれもなく、

 

「仏」や「神」や「縁」や「宇宙」や「愛」の

 

尊い“あらわれ”であるのだから。

 

 

 

お差支え無し。ご注文なし。

 

 

 

「全肯定」ほどポジティブなものでなくても、

 

「否定するものがひとつもない」っていうのは、

 

究極の「楽」ですよね。

 

 

 

そのようにも生きられる、その可能性もあるっていうのは、

 

人間という存在に降り注ぐ、最大の祝福だと思うんです。

 

 

 

お差支え無し。ご注文なし。

 

南無阿弥陀仏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よい一日を◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大原三千院門主・堀澤祖門さんの「さとり」インタビュー、

 

全4回中の2回目、本日更新です。

 

「色」と「空」という、仏教の根本のところのお話を、

 

とてもわかりやすくお話しくださっています。

 

お楽しみくださいませ!

 

 

 

堀澤祖門さんインタビュー/「泥仏」としての自分を生きること(2/4)

 

http://www.higan.net/satori/2016/03/horisawa2.html