地獄で仏

2016年3月12日

自らの手に負えない自分自身……

 

それを、明確に認識したときに、

 

私は、はじめて、ほんとうの意味で、

 

「仏」に出会ったのだと思うのです。

 

 

 

数年前のある時期、3~4か月の間に、

 

私の身の上には、数々の「ヤバイこと」が降り注いでいました。

 

ひとつひとつは、まあ世間的に見れば

 

「よくある不幸」だったのかもしれませんが、

 

それがいくつもいくつも、短い期間に重なったのがキツかった……。

 

そのいちいちを、具体的にここで

 

並べ立てるようなことはしませんが、

 

すべて、自分から見ても、他人から見ても、

 

「自業自得」の4文字を思い浮かべざるを得ないようなものでした。

 

四方八方、どこに逃げても「自業自得」の壁が

 

ドーンと立ちはだかっているような状況でした。

 

 

 

私は完全に途方に暮れていました。

 

ひとつひとつの出来事に、来る日も来る日も

 

「現実的に」対処しなきゃいけないこと、

 

それ自体、肉体にも精神にも、

 

非常に疲労を蓄積させるものでしたが、

 

それ以上に、私は、私自身に絶望していたのです。

 

 

 

その頃の私の口癖は、

 

「なんであんなことしちゃったんだろう……」

 

でした。

 

毎日毎日、背中を丸めて、ため息混じりに、

 

上記のことばを繰り返していました。

 

言ってもどうしようもないことは知りつつも、

 

つぶやかざるを得なかったのです。

 

 

 

確かに、それらの「ヤバイこと」は、

 

すべて、私という人間を中心に巻き起こっていました。

 

私という人間が、なにかをしなければ、

 

それらの出来事が起こらなかったことは明白です。

 

 

 

しかし、自らに問いかける「なんで?」の先には、

 

いつだって、うすらぼんやりとした靄がかかっているだけで、

 

明確な答えなど、ちっとも見えてこないのでした。

 

 

 

「なんであんなことしちゃったの?」

 

「なんだかわからないけれど、しちゃったんです」

 

 

 

この、一見すれば「ふざけている!」

 

としか思えないようなものが、

 

当時の私にとって、しかし、

 

もっとも誠実で、正確な「答え」なのでした。

 

 

 

当時20代の後半だった私は、

 

そのときはじめて、

 

自分が「自分のもの」だと思っていたものたちとの間に、

 

明らかな距離があることを知ったのでした。

 

 

 

「思考」や「感情」や「行動」が、

 

ほんとうに「自分のもの」であるのだとしたら、

 

それらは、すべて、

 

「自分の思い通り」になって然るべきです。

 

 

 

しかし、現実に起こってくることは、すべて、頭に、

 

「なんだかわからないけれど……」が付いて回っていたのでした。

 

 

 

なんだかわからないけれどこう思って、

 

なんだかわからないけれどこう感じて、

 

なんだかわからないけれどこう動いた。

 

その結果として、いま、私は、

 

なんだかわからないけれど、とても、苦しい……。

 

 

 

その、「自らの手に負えない自分自身」がもたらす

 

どうしようもない苦しみの中で、

 

私は、ひとつの疑いを持ちました。

 

 

 

「自分が自分だと思っていた自分って、

 

もしかして、“ほんとうの自分”じゃないのでは……?」

 

 

 

それが、とりもなおさず、

 

私が「仏」に出会った瞬間であったなあ、と……。

 

いま振り返って、そんな風に思うのです。

 

 

 

「自分」という枠にヒビが入ったその先に、

 

「仏」との出会いが待っていた――

 

 

 

「仏」はいつだって“ここ”で私たちを待ってくれている。

 

「地獄で仏」とは、まさしくこういう意味なんじゃないかな、と……。

 

 

 

だから、ぜったい、大丈夫。

 

大丈夫だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うっすらとした雲が広がる東京の朝です。

 

よい一日をお過ごしください◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堀澤祖門さんの「さとり」インタビュー、

 

全4回中の4回目、最終回です。

 

「みんなこのままで仏なんだ」。

 

あたたかくて、なつかしくて、ひろがっていくような……

 

珠玉の言葉が散りばめられています。

 

どうか最後までお楽しみください!

 

 

 

堀澤祖門さんインタビュー/「泥仏」としての自分を生きること(4/4)

 

http://www.higan.net/satori/2016/03/horisawa4.html