ほんとうのこと原理主義???

2016年3月29日

毎日毎日こんな内容の(笑)ブログを書いているので、

 

小出は「ほんとうのこと原理主義者」だ!

 

と思われているかもしれないのですが……。

 

 

 

あはは。原理主義者!

 

 

 

まあ、そう思われても仕方ないかな、とも思うのですが、

 

でも、私は、なににおいても

 

「主義」にしてしまうのは好みではないです。

 

自由が失われてしまう気がするからです。

 

 

 

そう。

 

私は純粋に“自由”を愛しているんですね。

 

「主義」なんていう、狭苦しい枠の中に、

 

愛する自由さまを閉じ込めたくはない! のです。

 

 

 

というか、そんな枠の中に閉じ込められるような

 

自由さまではないでしょう! と。

 

 

 

そうそう。

 

それで、過去幾度も書いていることではあるのですが、

 

このあたりでもう一度誤解をといておこう。

 

 

 

私が使う“ほんとう”ということばは、

 

「本当じゃないこと」を、その対極に置いたものではないんです。

 

 

 

「本当のこと」VS「本当じゃないこと」

 

という構図を遥かに超えたところに、

 

“ほんとう”があると思うからです。

 

 

 

人間の思考以前、意志以前に“ただ、ある”世界。

 

それを、仮に“ほんとう”と呼んでいます。

 

 

 

これも、あくまで「仮に」なので、

 

もっといい表現が見つかったら、

 

あっさりそちらに乗り換えるつもりでいます(笑)

 

 

 

まあ、それはいいとして……。

 

 

 

とにかく、そういうわけで、私の中では、

 

“ほんとうのこと”と“自由”は完全にセットになっていて、

 

そこを切り離すことはできないんですね。

 

 

 

自由を奪うようなほんとうのことなら、

 

こっちから願い下げです。

 

 

 

いや、ほんと、これは見事な罠だな~と思うのですが、

 

なにかを「真実」だと思い込むことによって、

 

結果、自由が奪われてしまうことって、

 

かなり、あるんですよね。

 

 

 

まあ、難しいところではあるんですけれどね。

 

人間、どうしても、

 

二項対立型の思考から離れられないところがあるので。

 

 

 

「本当のこと」を見つけたら、

 

その瞬間に、

 

「本当じゃないこと」が発生してしまう。

 

で、意識的にであれ、無意識であれ、

 

その人にとっての「本当じゃないこと」を

 

信じている人々を攻撃してしまったりして……。

 

 

 

人間の悲しい性というかね。

 

でも、こういうの、ほんとうに自由じゃないよなあ……と。

 

 

 

自戒を込めて言っているんですけれどね。

 

私も、気を抜くと、すぐそっちに行ってしまうので。

 

 

 

ほんとうのところ、みんな、

 

最終的には自由を求めているんだと思うんです。

 

自由を求めて、あれやこれや、やっているんだと思う。

 

 

 

でも、ほんとうの自由は、二項対立の中にはない。

 

 

 

そのことを、まずはよ~く理解しないと、

 

いつまで経っても苦しいままなんじゃないかなあ。

 

 

 

善も悪も、正も誤も、光も闇も、

 

上も下も、右も左も、

 

どちらも含め抱いて、遥かに超えていく。

 

 

 

“自由”とセットになった“ほんとう”は

 

いつだってそこで待っていてくれるんじゃないかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よい一日をお過ごしください◎