「明るいあきらめ」のススメ

2016年4月1日

思考も、感情も、体感も、

 

すべて、「私」不在のままに、

 

縁によっておのずから湧き上がっては、

 

縁によっておのずから滅しています。

 

それが“自然”というものです。

 

 

 

だけど、人間っていうのは、

 

それらをいちいち「自分のもの」だと思い込んで、

 

あーだこーだ騒ぎ立ててしまうから、

 

話がややこしくなってくるんですね。

 

 

 

それらを「自分のもの」だと思ってしまうと、

 

「ならば思い通りになってしかるべきだ」

 

という勘違いが発生してしまいます。

 

 

 

そうなってくると、さあ大変。

 

「もっとこうだったらいいのに……」とか、

 

「どうしてそうなっていないんだ……」とかね、

 

そういう、まあ、ひとことでまとめれば

 

「抵抗」のエネルギーが発生してしまうんですね。

 

 

 

抵抗のエネルギーに比例して、苦しみは増えていきます。

 

「苦しみ」というよりは、

 

仏教でいう「苦」ということばの方が正確かな。

 

「苦」=unsatisfactory

 

つまり、不満足のこころから生まれる葛藤ですね。

 

これは、ほんとうに厄介なものです。

 

 

 

でも、もし、

 

思考も、感情も、体感も、

 

すべて、「私」不在のままに、

 

縁によっておのずから湧き上がっては、

 

縁によっておのずから滅していくということを、

 

理屈を超えたところから、ストン! と理解できたら、

 

「苦」は生じづらくなるよ~

 

ということは言えるんじゃないかな、と思っています。

 

 

 

思考だって、感情だって、体感だって、

 

ぜんぶ、天気みたいなものだと思えばいいんですよ。

 

ぜんぶ、自然の中で、「私」不在のままに起こっているんだって。

 

 

 

大雨も、大風も、大雪も、

 

ぜんぶ自分が起こしているわけじゃないでしょう。

 

だからこそ、

 

「これはこれで仕方がない。

 

もう、そうなっちゃっているんだから」

 

って、簡単にあきらめられるし、

 

好奇心をもってそれらの様子を眺めることだってできるわけで。

 

 

 

明るいあきらめ、っていうのかな。

 

悲壮感の漂わない「まあ、いいか」は、

 

抵抗のエネルギーを消してくれるんです。

 

 

 

すべて、「私」不在のままにおのずから起きている、と

 

“あきらめる”=“明らかにみる” ことさえできれば、

 

「苦」からフリーになっていくんですね。

 

 

 

軽やかに、爽やかに、自然の流れにおまかせした

 

「全自動」な生き方。

 

 

 

こんなに楽なことって、ないですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日から新生活! という方も多いのかな。

 

私も、そのひとりです。

 

お互い、できるだけ機嫌よく、

 

気分よくやっていけたらいいですね。

 

 

 

よい一日を◎