切れ目のない“経験”について

2016年4月3日

私たちは、いつだって、切れ目のない“経験”に、

 

どうしようもなく、含め抱かれているのだと思います。

 

 

 

いまここにあるのは、真実、経験だけ。

 

 

 

見るという経験。

 

聞くという経験。

 

嗅ぐという経験。

 

味わうという経験。

 

感じるという経験。

 

考えるという経験。

 

 

 

経験するという経験。

 

経験しないという経験。

 

 

 

多種多様な経験が、いまここにおいて、

 

ただ、起こっているだけ。

 

「私」不在のままに、

 

ただ、起こっているだけ。

 

いつだって、ただ、それだけ。

 

 

 

そのように、すべてが、ゆるされている。

 

 

 

すべて、その包摂の中にある。

 

 

 

絶対的な包摂は、すなわち、愛です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よい日曜日をお過ごしください◎