「自分」に気づいている感覚としての“なにか”の話

2016年4月25日

あなたの人生に起きたことの中で、

 

とくに印象的だったものを、3つほど挙げてみてください。

 

喜怒哀楽、どんな感情を伴うものでもいいです。

 

(でも、あんまりつらくなるようなことを

 

わざわざ思い出す必要もないので、

 

どうかほどほどに、余裕を持ってやってみてくださいね。

 

もし無理だと思ったら、途中でやめてください。)

 

 

 

何歳のときのものを挙げても結構ですが、

 

幼稚園生時代、中学生時代、社会人になってから、など、

 

できるだけ、年代がバラバラのものを選ぶとやりやすいです。

 

 

 

できましたか?

 

 

 

そうしたら目をつぶって、

 

できるだけリアルに、

 

それぞれの出来事を思い出してください。

 

ポイントは、その出来事を体験している「自分」を

 

完全にひっくるめて思い出すことです。

 

 

 

光景だけでなく、匂いや、味や、

 

肌触りなんかも思い出せるといいですね。

 

そして、それらに伴う、なんらかの感情。

 

その時、その場に存在していたすべてを、

 

自分を中心として、

 

総合的に、ありありと、思い出すようにしてください。

 

 

 

ひとつずつ、ていねいにやってみてくださいね。

 

 

 

3つぜんぶできたら、今度は、意識を現在に切り替えます。

 

単純に、「いまここに存在している」という感覚を、

 

静かに、ただただ、見つめてみてください。

 

(このときは、目をつぶっていても、開けていても、

 

どちらでもいいです。やりやすい方でどうぞ。)

 

 

 

OK?

 

 

 

では、ここで質問です。

 

それぞれの過去の思い出の中に存在していた「自分」という感覚と、

 

いまここに存在している「自分」という感覚。

 

感覚だけに焦点を当てたとき、

 

それぞれの間に、なんらかの違いは見つけられますか?

 

 

 

単純に、感覚です。

 

感覚だけにフォーカスを絞ってください。

 

 

 

どうですか?

 

 

 

なにひとつ、違いなど見つけられなかったのではないでしょうか?

 

 

 

時間は、流れます。

 

肉体は、歳を取ります。

 

でも、それぞれの時、それぞれの場所で、それぞれに存在している

 

「自分」に気づいている感覚としての“なにか”は、

 

ぜったいに流れ去らず、歳を取ることもありません。

 

 

 

その“なにか”は、

 

いまこの瞬間も、あなたとともにあります。

 

 

 

というか、あなたがそれなんです。

 

 

 

 

 

なにかの助けとなれたらうれしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜日ですね。

 

よい一週間のはじまりを◎